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「メインの3冊」
池上彰『おとなの教養――私たちはどこから来て、どこへ行くのか?』(NHK出版新書)
澤田昭夫『論文の書き方』(講談社学術文庫)
芳沢光雄『論理的に考え、書く力』(光文社新書)


「サブの3冊」
池上彰『情報を200%活かす 池上彰のニュースの学校』(朝日新書)
村上陽一郎『ペスト大流行―― ヨーロッパ中世の崩壊』(岩波新書)
福沢諭吉『現代語訳 学問のすすめ』 斎藤孝・訳(ちくま新書) 

 今、日本で起きている深刻な問題の一つに「反知性主義」があります。ただこれがなかなか正しく理解されていません。

 反知性主義は何かというと、私は「客観性、実証性を軽視もしくは無視し、自分が欲するように世界を理解する態度」と、とりあえず定義しています。では、なぜそこに「合理性」という言葉が入っていないのか? 

 非合理的なものを私は必ずしも反知性主義とは言わないわけですが、このことを考えるために、課題図書の一冊、村上陽一郎さんの『ペスト大流行――ヨーロッパ中世の崩壊』(岩波新書)を読みましょう。

 「眼差しの殺人 西方ラテン世界におけるペスト感染源のなかで、もう一つユニークな議論を紹介しよう。モンペリエの医師の報告というのみで、これも著者不明の論考(一三四九年五月十九日付)であるが、そのなかに、次のような文章が見られる。
……普通この疫病は、空気によって、つまり病人と話をしたり、その呼気を吸ったりすることで感染する、と言われている。しかし、この疫病の最も恐ろしいところ、すなわち、いわば「即死」をもたらすのは、患者の眼から発した一種の霊気が、患者のそばにいてその患者と眼を合わせた健康者の目を撃った場合である。エウクレイデスの「視線学」に関する著作を読んだことのある者なら誰でも、疫病がこのようにして起ることに疑いを抱くものはあるまい。これはごく自然に起るのであって、けっして何か神秘的な力によるのではない」(112ページ)

 アメリカの1ドル札の裏を見ると、ピラミッドに目が描いてありますよね。あれはこの「視線学」から生まれてきたんです。

 誰でも悪い目つきをするでしょう。これはだいたい嫉妬から出てくるんだけど、その悪い目つきをした人と目が合うと悪いことが起こるらしい。特にペストは、すごく悪い目つきから生まれて、その視線の目力によって感染するという考え方をするわけです。

 うちの娘がペストになった。これを合理的に考えると、誰かが娘の目を見たに違いない、犯人を捜せということになる。これは合理的だけれども、実証的ではないし、客観的でもない。世の中には合理的だけれども、客観的でも実証的でもないということがたくさんあります。

 そういった邪視からどう守るか。これは「目には目を」だというので、イスラエルには邪視に対抗するのは一番これが効くという護符すらある。対応が合理的なんですよね。しかし完全に非科学的です。

 「占星術的病因論 中世社会は非合理、非科学的な時代だから、非合理、非科学的な錬金術や占星術が大手を振って跋扈(ばっこ)していたはずだ、と考えては誤りである。ここでは詳しく立ち入るい暇はないけれども、キリスト教社会が基本的に、占星術や錬金術を非合理、非科学的として、厳しく拒斥し続けていたことは、記憶されなければならない。キリスト教の教義を確立する役割を果した教父の1人、アウグスティヌス(Augustinus, 354-430)は、その著『神の国』のなかで双子の例を引き、同じ星の下に生まれた双子でも、育ち方が違えば全く異なった運命をたどるのだから、占星術の非合理さは明らかである、と言って、占星術を厳しく非難している」(102ページ)

村上陽一郎拡大村上陽一郎氏
 この本は村上陽一郎さんの初期の作品で、「非合理」と「非科学的」をイコールとしているけれども、これはちょっと違うと思います。合理的だけれども、非科学的なものはいくらでもありますから。

 先ほど言ったように、合理性と科学性は違う。じゃあ、科学って何でしょう? 

 日本語の「科学」も英語の「サイエンス」もその意味を考えるのにはよくないんですね。こういうときにわかりやすいのはドイツ語です。

 どうしてかというと、ドイツは遅れて学術知識を吸収した国で、ドイツ人に、ラテン語をわかる人が少なかったからです。ライプニッツという天才がいて、『モナドロジー 形而上学序説』(中公クラシックス)という本がありますが(岩波文庫では『単子論』という訳で出ています)、この弟子にヴォルフという人がいた。

 彼がラテン語の哲学用語を日常的に使うドイツ語に訳したわけです。ドイツ人にとって哲学がすごく近しいというのは、このヴォルフの翻訳によるところが大きいんです。

 ドイツ語で「科学」のことを「ヴィッセンシャフト」と言います。「ヴィッセン」は「知識」、「シャフト」は「体系を持っている全体性」。

 これは中世では、「博識」と対立する「総合知」ということを意味した。細かい知識をたくさん持っていても、それが神様とつながる体系知につながっていなければ何の意味もないという考え方です。だからいわゆるオタクとかクイズ王のような人と学者とはどこが違うかというと、体系知を身に付けているかどうかということなんですね。

 「パリ大学医学部のペストに関する統一見解は、非常に明確な形で、占星術的病因論を展開しているところに、その特色がある。この報告は、一三四五年に起った木星と火星の「合」に特に注目している。その所説によれば、木星は暖かく湿った惑星であり、地球から有害な蒸気を吸い上げる働きをするが、他方、火星はきわめて熱く乾燥した惑星であって、有害な蒸気を沸き立たせるような力をもつ、という。このような働きをする二つの惑星が地球に対して「合」の位置を占めるとき、地上の人類には大量の死が訪れるのだ、とこの報告は説いている」(103~104ページ)

 これは極めて合理的な説明でしょう。木星は暖かく湿った惑星で地球の有害な蒸気を吸い上げるという前提を認め、さらに火星が熱く乾燥した惑星で、有害な蒸気を沸き立たせるという前提を認めれば、という限りでは合理的です。

 これは車のアクセルとブレーキのようなものですよね。アクセルとブレーキを同時に踏めば、エンジンがおかしくなるに決まっている。それが大量死をもたらすと。

 しかし、そもそもこの前提自体が疑わしい。でも、徹底的に考えていくと、ある種の事柄というのは、これ以上戻れないところにいってしまう。これは公理系の問題になるわけですが、同語反復(トートロジー)になって議論できなくなることがあります。

 このあたりに関心がある人は、ウィトゲンシュタインの『論理哲学論考』を読んでみてください。あちこちから翻訳が出ていますが、野矢茂樹さんという東大の論理学の先生が訳した岩波文庫版が一番いいです。

 それから論理について勉強するときは、この野矢茂樹さんの『論理学』(東京大学出版会)をお勧めします。これは東大の駒場、教養学部で使っている教科書です。ただし、論理記号を使っているので、ちょっと数学に苦手意識がある人は、同じ野矢さんですが、論理記号を一切使っていない『新版 論理トレーニング』(産業図書)を使ったほうがいいと思います。

 ただ『論理トレーニング』には最近の論理学、直観主義などが書かれていないので、できれば最新の論理学についてきちんと知りたいという人は、『論理学』に取り組んでください。

占星術と呪術

 ともあれ、「合理性」というものが必ずしも科学性や実証性、客観性を担保しないということは、この『ペスト大流行』を読むとよくわかりますね。ちなみに、みなさんの中で星占いで自分の運命を見てもらったことがある人、いますか? あなたは、占い師に会ったときに、一番最初、何を聞かれましたか? ・・・ログインして読む
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筆者

佐藤優

佐藤優(さとう・まさる) 作家、元外務省主任分析官

1960年生まれ。作家。元外務省主任分析官。同志社大学神学研究科修士課程修了。外務省では対ロシア外交などを担当。著書に『宗教改革の物語――近代、民族、国家の起源』(KADOKAWA)、『創価学会と平和主義』(朝日新書)、『いま生きる「資本論」』(新潮社)、『佐藤優の10分で読む未来』(新帝国主義編、戦争の予兆編、講談社)など多数。

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