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[5]安全保障法案は廃案しかない

立憲主義の否定、国民主権をないがしろにする政権、若者らの声を聞け

熊岡路矢 日本国際ボランティアセンター顧問

 ――これまでの安保法制をめぐる国会審議をどう見ていますか。

 5月26日以来、安保法制の国会審議が進んでいますが、重要な問題と欠陥が明らかになってきたと思います。全体として、政府側の憲法軽視をふくむ「立憲主義」否定、そして「国民主権」をないがしろにするような拙速で傲慢な姿勢が目立っていると感じます。このまま数の論理、日程ありき(安倍首相の米議会での“約束”)で進めば、将来に大きな禍根を残すことは間違えありません。結果は全国民に及びますが、もっとも影響を受けるのは青年層であり、若い人々の命がかかっています。

国会内の多数派は社会の少数派

 各種の世論調査も参考にして冷静に考えれば、政府・与党、国会内多数派による安保法制推進も、国、社会の中では、少数派です。それははっきりしています。「そもそも法案内容がよく分からない」という意見も、各年代層からよく聞きます。分からない方が悪いと言わんばかりに、11本もの法案を短期間に通そうとして暴走するより、廃案を考慮すべきでしょう。また、国会での審議を続けるなら、憲法・法律の専門家、国連、NGO関係者、ジャーナリスト、元自衛隊員ふくめ、戦争の現実をよく知る者に加えて、学生・青年層からも参考人を必ず招致し、議会が直接その考えや思いを聞くべきです。

 まず、内容面では、戦闘行動を取る可能性のある米軍など同盟国軍の後衛を支援するだけなので、戦闘そのものに参加する訳ではない、したがって、自衛隊員へのリスクは、変わらない、もしくは「安全」という考え方が大きな問題です。リスクに関する答弁も二転三転しています。 それは非現実的な、希望的観測です。

 米軍と戦う相手側は、彼らが政府軍であれ、非政府の武装組織であれ、当然、後衛(この場合は、自衛隊)もふくめて、戦闘単位であり戦闘対象と見做します。戦闘を行う前衛―これを兵站で支える後衛をふくめ、一体の戦闘ユニットなのは、明白です。むしろ、後衛(兵站部門)を叩くことを優先することもあります。相手軍・武装組織は、当然、兵員・武器を輸送し、燃料、水、食料などを補給し、医療を行う後衛にも攻撃を加えます、したがって、自衛隊/隊員へのリスクは、変わらない、減る、すこし増える(答弁者によって、ばらついてもいる)などというのは、欺瞞的な説明で、自衛隊/隊員に対しても、議会・議員、国民に対しても、きわめて不誠実な態度だと思いました。

拡大衆院憲法審査会に参考人として呼ばれた(左から)長谷部恭男・早大教授、小林節・慶大名誉教授、笹田栄司・早大教授=2015年6月4日午前9時8分、飯塚晋一撮影

 また、6月4日に衆院憲法審査会の参考人として招かれた、長谷部恭男早稲田大学教授、小林節慶応大学名誉教授、笹田栄司早稲田大学教授はいずれも、昨年来の集団的自衛権を認めた憲法解釈変更に基づく安保法案について、違憲であると批判しました。これに対して、政府側は、違憲ではない、と言うだけで、根拠を示せていません。政府側の言う、砂川裁判(最高裁)での判決に関しても、集団的自衛権の執行は可能だという憲法学者は圧倒的に少数です。「昨年来の閣議決定=集団的自衛権容認が違憲ではないと主張の憲法学者もたくさんいる」というが、具体的な名前は、数人しか出てこなくて、最後は「問題は数ではない」という始末です。(菅官房長官)。端的に言えば、この法案の方向に賛成の人々も、反対の人々も、半数を大きく超える人々が、日本の基本・基盤である、憲法9条の論議から進めるべきだと、考えています。

 さらに、政府説明に、「法理と政策は異なる」(したがって判断の幅はある)、あるいは、その時の首相、政府の解釈・判断の幅がある、という答弁をふくめて考えると、一旦この法律が通ってしまえば、時の政権の解釈で、特に「武力行使の新3要件の1である「我が国の存立が脅かされ、国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険がある事態(存立危機事態)」の解釈次第で、どの地域のどの戦争・戦闘にも関われる(自衛隊派遣を行える)ということになる可能性は非常に高いわけです。

 憲法学者の意見への軽視・蔑視には、憲法や法律を軽んずる、強い反知性の姿勢を感じます(国会議員は、国家公務員として、日本国憲法を遵守する義務を負っているはずです)。 また安倍首相の「はやく質問しろよ」などの野次に関しては、高揚なのか感情的な性格なのか、ある種の高慢と攻撃性さを感じてしまいました。政府のトップ、自衛隊の最高指揮官である特別な地位につく人間には、難しい局面、混乱した状況においても、常に理性的・知性的で、冷静に物事に対処できる資質が求められているはずです。憲法は、人々を支配するものではなく、権力とその暴走を制約するものです。

 ――紛争地や難民支援などの現場から見えるものとの大きな距離感を感じませんか。

拡大熊岡路矢氏

 そうですね。国際協力の現場に話を戻しますと、日本としては、政府系援助機関も、NGOも、90年代以降定着してきた人道を基本に、紛争、貧困、環境、人権の問題に取り組むことが希望につながると考えています。理想的にすぎると言われるかも知れませんが、非暴力のガンジーの思想・行動から学ぶ、あるいは、紛争がつづく、パキスタンでの医療活動や支援大干ばつに見舞われたアフガニスタンの村々での水源確保事業などに取り組む、ペシャワールの会(現地代表:中村哲医師)のような事例もあります。

 こうした姿勢や事例を理解し広めるには、国益より世界益=地球益を重視して国際協力を行うこと、武器無しで動くことの方がクールだということを広められるかどうかが一つのポイントだと思います。ガンジーでいえば、非暴力で相互扶助活動や、デモ・集会を続け、最終的にはイギリス帝国主義の植民地支配から脱するという、最高の運動を主導したわけですから、非常に魅力的なあり方です。直近のイラク戦争をふくめ考えれば、戦争は、戦場で始まる以前に、大国の資源への強欲や、軍産複合体の利益から始まります。一旦始まった戦争や戦闘を、その地で食い止めるのは多くの場合、非常に難しいです。

米軍幹部も認める軍事的アプローチの限界

 「非暴力で」といえば、「きれいごとを言うな。IS=イスラム国に対して、非武装で対峙できるのか」、という話になってしまう。これは難しいポイントですが、米軍幹部も、米軍などの攻撃や空爆で、ISがなくなると思わないと言っています。軍事攻撃や空爆を重ねれば、一般市民の犠牲者は増え、家族を殺された恨みから反米戦士になる人は後を絶ちません。戦闘を底辺で支える人は、多くの場合、イデオロギーより、家族・友人を守るために、また親しい人を殺された怒りから戦っていることが多いのです。

 ――米軍そのものが単なる軍事力による制圧という戦略は不可能だと認めていると平和構築の専門家らも指摘しています。

 迂遠なようですが、ISがなぜ生まれたのかということをまず考えなければ、根本的な解決策は見えてこないでしょう。9.11以降、ブッシュ大統領が、「俺の味方か、敵なのか」と迫り、「テロリスト」に対する「反テロ戦争」なのだと正当性を主張し、中間の立場を認めなくなったわけです。この世界を二分法で機械的に割り切ろうとするやり方にそもそもの問題がありました。また、反テロ戦争自体が、多くの一般市民を殺傷する意味で、大きなテロであるわけです。「ブッシュの愚かな『反テロ』戦争が、無数の『テロリスト』をつくった」というのは、紛争地に限らず、専門家、一般市民を問わず、多くの場所で多くの人から聞く言葉です。

 人間には、中間層がいたり、グレーゾーンで考える人がいたりします。むしろ中間層が過半数だったりするはずです。そこを「敵か味方か」の乱暴な二分法で割り切ろうとする乱暴なことをやってしまった。そのような中から台頭してきた現在のISなども、中間的な立場を認めないため、ジャーナリスト、NGOから国連、さらには赤十字・赤新月などまで、 ・・・ログインして読む
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筆者

熊岡路矢

熊岡路矢(くまおか・みちや) 日本国際ボランティアセンター顧問

日本国際ボランティアセンター(JVC)顧問、前代表理事。日本映画大学教授。法務省難民審査参与員。1947年東京生まれ。東京外国語大学中退。80年のタイでのJVC創設に関わりカンボジア/インドシナ難民救援活動に参加。その後、イラク、パレスチナ、南アフリカ、エチオピアふくめ20を超す国・地域で人道支援活動に従事。外務省「国際開発協力」有識者会議委員、UNHCR駐日事務所アドバイザーなども歴任。著書に「戦争の現場で考えた空爆、占領、難民: カンボジア、ベトナムからイラクまで」(彩流社)、「カンボジア最前線」(岩波書店)、共著「NGOの選択」(めこん)など。