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相互不信の連鎖を断ち切る時

国交50年の日韓関係

西野純也 慶應義塾大学准教授(韓国政治)

 日韓関係は、1965年の国交正常化から6月で50周年を迎える。しかし、祝賀ムードとはほど遠い。

 2012年5月を最後に3年以上も日韓首脳会談が開かれていないことが、日韓関係の現状を端的に物語っている。 日韓政治指導者間の相互不信が関係悪化の大きな要因であることは周知の事実である。

APECに参加した各国首脳との記念撮影を終えた安倍首相。左手前は韓国の朴槿恵大統領=11日午前11時45分、北京の雁栖湖国際会議場、代表撮影2015年の節目の年に、日韓首脳会談は開かれるのか=2014年11月、APECで同席した安倍晋三首相と韓国の朴槿恵大統領=北京の雁栖湖国際会議場、代表撮影
 専門家の間では「首脳会談なき正常化」という言葉が広まっている。

 安倍晋三・朴槿恵(パク・クネ)両政権下での首脳会談開催はあきらめて、それ以外の領域での限定的関係改善を目指すべき、との意味である。

 しかし、たとえリーダーシップが交代しても関係の改善は容易ではないだろう。

 現在の日韓関係は、指導者レベルだけでなく、政治、外交、社会のあらゆるレベルで相互不信が高まり、危機に瀕(ひん)しているからである。

機能しない水面下のチャンネル

 振り返ってみれば、かつての日韓関係では、政権同士の関係が緊張していても、指導者の意を受けた側近や補佐役が交渉チャンネルとして難局を突破する役割を果たしてきた。

 しかし、日韓間でいわゆる歴史認識問題や領有権問題が懸案となり、両国の世論が過敏に反応するようになると、こうした水面下の交渉チャンネルは機能しなくなった。日韓関係が「内政問題化」したからである。

 過去の日韓関係では一定の役割を果たしてきた日韓・韓日協力委員会や日韓・韓日議員連盟といった両国指導層のネットワークも、今では日韓間の懸案事項を調整する能力を発揮できていない。

 日韓関係の「内政問題化」は、外交当局間のチャンネルにも悪影響を及ぼしている。

 以前は、政治指導者間の意思疎通が十分ではなくても、日韓双方の外交当局が両国関係の維持・発展のために共に汗をかき、努力してきたことが関係発展の礎となってきた。つまり外交実務者の絶え間ない努力が両国関係を支えてきたのである。

 しかし、ここ数年の状況を見ると、外交当局間の信頼関係は弱まってきているように見える。歴史認識問題や領有権問題での激しい非難合戦により、日韓外交当局間にも相手に対する不信感と疲労感が募っているからである。

 社会レベルの危機も深刻である。

 韓国メディアは日本社会が「右傾化」していると伝え、それが韓国民の日本に対する否定的な認識を増幅させている。

 例えば、2014年2月から3月にかけて朝日新聞が実施した日中韓3カ国世論調査によれば、「日本が戦後約70年間、平和国家の道を歩んできたか」との問いに対し、韓国民は、「歩んできた」19%、「歩んでこなかった」79%との結果が出た。また、「今後歩むと思うか」との問いには82%が「歩まない」と答えたのである(『朝日新聞』2014年4月7日)。

 これだけではない。韓国社会では、国交50年を迎える日韓関係そのものについても再検討すべきとの考えが主流になりつつある。

 それは、金大中(キム・デジュン、1998~2003)・盧武鉉(ノ・ムヒョン、2003~08)両大統領の「進歩政権10年」を経て韓国社会の理念的スペクトラムが広がり、進歩勢力が大きな力を持つようになったことに由来する。

 進歩勢力は、1960年代に朴正煕(パク・チョンヒ)政権が日本の十分な謝罪と補償なしに日本と国交正常化したことは大きな問題であると考えてきた。その認識がいまや韓国社会の主流になりつつあるのである。

 2011年8月、慰安婦問題で韓国政府に日本との外交交渉を促す憲法裁判所決定と、日本の植民地支配下、工場や炭鉱に動員された韓国人徴用工の日本企業に対する個人賠償請求権を認めた2012年5月の大法院(最高裁)判決は、そうした韓国社会の変化をよくあらわしている。

 現在の朴槿恵政権はこうした動向から自由ではなく、対日政策での柔軟性の発揮は難しい。

 翻って、韓国社会における日本および日韓関係に対する認識は、日本人の対韓認識に深刻かつ否定的な影響を及ぼしている。

 それを端的に示すのが、内閣府が毎年実施している外交に関する世論調査の結果である。韓国に「親しみを感じる」との回答は、小渕恵三首相・金大中大統領により日韓共同宣言が出された翌年の1999年以降、「親しみを感じない」をずっと上回っており、2009年には「親しみを感じる」が過去最高の63.1%に達していた。

 しかし、2012年にその数字は39.2%へ急落し、「親しみを感じない」(59%)と逆転してしまった。昨年(2014年)は、「親しみを感じる」31.5%、「親しみを感じない」66.4%となり、いずれも1978年の調査開始以来、過去最低/最高の数字を記録した。

 日本メディアが、韓国の日本批判や中国接近などを、「反日」行動として連日伝えていることも、日本国内の嫌韓ムードを助長している。

感情的なレッテル貼りをやめよ

 大変残念ではあるが、1998年の日韓共同宣言でうたわれ、日韓両国が育んできた「両国が過去を直視し相互理解と信頼に基づいた関係」は、国交50周年を迎えるにあたり、深い傷を負ってしまっている。

 日韓両国民は、相手に対する否定的評価とそれへの反発が描き出す負のスパイラルから抜け出さなければならない。

 そのためには、「右傾化」や「反日」とレッテルを貼った相手に対する非難に迎合するのではなく、これまでの日韓関係の歩みをできるだけ冷静かつ客観的に評価し、現在の相手の行動に対して洞察力を働かせる必要がある。その上で、短期的な感情論とは距離を置き、長期的観点から隣国との関係を構想すべきである。

 国交50年の節目は、日韓関係の過去、現在、未来を考える絶好の機会である。過去3年間の相互不信の連鎖を断ち切り、これまで共に努力して築いてきた協力関係をさらに発展させていくことに、日韓両国民は今一度より自覚的になる時である。

本論考はAJWフォーラムより転載しています。