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中国の脅威に対処

市場経済化を後押しし民主化を促せ

柴田哲雄 愛知学院大学准教授(歴史学)

 安倍晋三政権が、新たな安全保障政策に関する法案を5月15日に国会に提出。国内では、この法案をめぐって賛否の議論が起こっている。反対派の主張は次の二つに集約されるだろう。

 一つは、立憲主義の立場から、安倍政権が、憲法9条に関する政府の従来の解釈を無視して、集団的自衛権を認めるなど恣意(しい)的に解釈を変えていることに異議を唱えるものである。

 もう一つは、平和主義の立場から、アジアへの侵略や植民地支配の歴史に対する安倍首相の否定的態度と絡めて、日本を再び戦争のできる国にしようとしていると批判するものである。 

 一方、賛成派の主張は、中国の海洋進出の脅威にいかに対処するかという観点から出発している。彼らは、立憲主義や平和主義に手を縛られた揚げ句、中国に尖閣諸島を占領されてしまうのは、愚かなことだと考えているのだろう。

 反対派は中国の海洋進出の脅威を否定しがちであり、その脅威にいかに対処するかについて正面から論じることを避けているようにみえる。

 反対派が賛成派を説得するためには、賛成派の主張が中国の脅威を抑止するには必ずしも妥当とは言えないことを例証すると同時に、憲法9条に関する従来の解釈を変更しなくても、中国の脅威に対する抑止が可能となる対案を示す必要があるだろう。

 賛成派の主張を一言で表せば、「集団的自衛権に基づいて、自衛隊が海外で米軍とともに戦えば、日米同盟はより強化され、中国の尖閣諸島への侵攻を抑止することができる」ということになるだろう。

 実は韓国政府も1960年代半ば、ベトナム戦争に際して、同様のことを考えた。

 「集団的自衛権に基づいて、韓国軍がベトナムで米軍とともに戦えば、韓米同盟はより強化され、北朝鮮の韓国への侵攻を抑止することができる」

 朴根好・静岡大学教授によると、韓米同盟の強化のほかにも、韓国の経済発展や軍の戦闘力向上という効果も期待されていたという。

 しかしながら、ベトナム戦争後の1976年の米国大統領選挙で、民主党のカーター候補は、韓国のベトナム派兵に義理を感じることなどなかった。アジアの戦争に再び巻き込まれないようにするなどの理由で、在韓米軍の撤退を公約とするに至った。

 こうした経緯を見れば、韓国のベトナム派兵が韓米同盟の強化に寄与したとは言い難いだろう。

尖閣諸島・魚釣島拡大尖閣諸島・魚釣島
 無論のこと、日本と韓国では、米国の世界戦略における位置付けや仮想敵国がそれぞれ異なっている上に、当時と今日では時代背景も大きく違う。

 しかしながら、万が一、尖閣諸島周辺の海域で日中紛争が起きたならば、米国内では、たかだか無人島のために中国との戦争に巻き込まれたくないという世論が沸き起こることはあり得ないだろうか。

 米国政府は、自衛隊が海外に行って米軍とともに戦ったことに義理を感じて、国内世論を無視してまで中国軍に対して実効的な武力制裁を加え得るだろうか。

 おそらく米国政府は中立的な立場で、日中間の和議を斡旋(あっせん)しながら、後方からの対日支援でお茶を濁してしまうのではないだろうか。

 つまり日本の集団的自衛権の行使も、米国との同盟強化に必ずしも寄与するとは言えないだろう。

 では、憲法9条に関する解釈を変更することなく、中国の脅威に有効に対処するには何をなすべきだろうか。

 中国の市場経済化を後押しする一方で、中国の民主化を促すことである。中国が日米両国と価値観を共有することができるようになれば、領土・領海問題の平和的な解決は容易となり、中国の脅威もかなり減じるであろう。無論のこと、それはたいへん困難な道のりである。

 目下、日米両国の環太平洋経済連携協定(TPP)交渉が山場を迎えているが、日本政府は自国の産業保護の観点のみならず、将来的に中国がTPPに参加することを前提にして、中国の市場経済化を完成させるという戦略的な観点からも、米国との交渉に当たるべきである。

政治亡命者を受け入れよ

 また日本政府は従来の消極的な難民政策を転換して、中国からの政治亡命者をも積極的に受け入れて、日本を中国の民主化運動の一大拠点とすべきである。

 これまで中国の民主化運動は主として欧米諸国に拠点を置いてきたが、隣国に確固とした拠点ができれば、中国国内の様々な運動とも連携しやすくなるであろう。

 中国政府を激怒させ、かえって日中関係がよりいっそう悪化するのではないかと危惧する向きもあるかもしれない。

 政治亡命者の支援に当たっては、あくまでもNGOが前面に立つべきであって、日本政府は黒衣に徹するべきだ。人権や民主主義といった普遍的価値観を擁護する民間人があくまでも主体となって、日本政府と資金・情報面で連携しながらNGOを設立するのである。

 そうしたNGOは米国民主主義基金(NED)などの組織と提携すべきだろう。私は、民主化支援に限定するのならば、中国との大きな外交問題とはならないものと考える。

 台湾の馬英九総統が2014年10月に香港で街頭行動を行っている民主派への支持を表明した。その際に中国政府が抗議しこそすれ、中台関係が極度に悪化しなかったことを見れば、それは明らかだろう。

 ただし中国ナショナリズムを過度に刺激しないために、そうしたNGOは台湾の独立、並びにチベットやウイグルなどの少数民族の独立を支援すべきではない。NEDも同様の姿勢をとっている。また日本のアジアへの侵略や植民地支配の歴史を否定する動きとは明確に一線を画すべきだ。

本論考はAJWフォーラムより転載しています。

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筆者

柴田哲雄

柴田哲雄(しばた・てつお) 愛知学院大学准教授(歴史学)

愛知学院大学教養部准教授。1969年生まれ。中国上海市の華東師範大学法政系留学を経て、2001年3月、京都大学大学院人間・環境学研究科博士後期課程単位取得退学。2003年5月、博士学位取得。2010年4月から2011年3月までコロンビア大学東アジア研究所客員研究員を務めた。主著に『協力・抵抗・沈黙――汪精衛南京政府のイデオロギーに対する比較史的アプローチ』(成文堂、2009年)、『中国民主化・民族運動の現在――海外諸団体の動向』(集広舎、2011年)、「中国の安全保障とテロ対策」〔梅川正美編著『比較安全保障――主要国の防衛戦略とテロ対策』(成文堂、2013年)所収〕。