メインメニューをとばして、このページの本文エリアへ

RSS

無料

[1]車、家売買、ビエハ地区、壁の色

板垣真理子 写真家

 3月半ばにキューバに到着して早くも3か月が経過。

 1998年、つまり17年前から通い始めて、初の「住んでみる」キューバでの体験で、多くの衝撃を受け、そのあらたなファースト・インプレッションを書きとめようとしつつ、なかなかにできなかった。

 それは、あまりにも矢継ぎ早にやってくる小さな事件や、大小の情報、驚きや戸惑いのせいでもあった。しかし、ある夜、この国の持つチャーミングなハートの部分がすとんと心の中に落ちてきた気分になって、やっとまとめてみる気になった。

 まず、17年間、その間に10回を超えて通いつつもさらに新しく受けた衝撃から触れていこう。

 最初の驚きは、車が驚くほどに増えたこと。これは、以前に訪れた2013年の暮れ、つまり1年と少し前に比べても格段に増えた。しかも、猛スピードで駆け抜けていく。以前、車が少なかったころには感じなかった、この国の人たちのスピード好きが、一気に露出してきた感がある。

 車は数が増えただけではなくて、綺麗な車も増えた。以前は、かの有名なアメリカ合衆国の置き土産である、50年代末までの「ヴィンテージ・カー」が、ぼろぼろのままよたよたと走る姿が多かったのに、今はきれいな色に塗り直されて、走り抜けていく。もちろん、エンジンのトラブルはつきもののようで、年じゅうあちこちの路上で修理中の姿が見られるけれど。

ペパーミント・ブルーの旧アメリカ車拡大ペパーミント・ブルーの旧アメリカ車=撮影・筆者
 車に関する衝撃は、1年と少し前にうけたものとは少し違う。

 その時は、ショッキング・ピンクやスカイ・ブルーに塗られたオープンカーが、派手な衣装を来た男女を乗せて走る姿に「なにあれ!?  あんなものは以前のキューバにはなかったでしょ? 」と、なんともいえない違和感があったが、今では「ああ、これは観光用にしつらえたタクシーなのね」と当たり前のものとして目に映る。

 人はなんとあっという間に新しい状態に慣れてしまうものなのか。

 多くのそういった車は、高級なホテルの前に待機して、客を待っている。

 この手の派手なオープンカーではなくても、きれいなグリーンと白のツートンに塗り直された――いろいろな名前で呼ばれるこれらの車、ポラロッカとか、また「カブトムシ」という意味を持つ名前の――車はなかなかに魅力的で、特別の車好きではなくても、手に入れてみたくなる代物である。

 ちょうど、この4月に「2015年の10月から車の売買が、キューバ人、外国人を問わず許される」ことが発表された。

 これで、たぶん、ヴィンテージ・カーの値段はボンと上がり、持っている人と持たない人との差は、「また」増すのだろう。

「世界中が同じになってしまったわよ」

 今回キューバに来て、私が捨てようと決めた、ひとつのこと。それは「キューバだから」というもの。

 つまり社会主義国であり、またそれを革命の成功によって手に入れた他に例をみない国、という見方。いつも、どこかで「キューバなのだから」というこの一言が、私の中にあった。しかし、今や、その一言を捨て去った方がずっと自由にこの国を見ていける、そんな想いがはっきりとする。

 路で偶然に知り合って話をした、キューバ出身で、現在ケイマン諸島在住、一時帰国中の、美しい女性アーティストは、私の「社会主義をどう思いますか?」という問いにこう答えた。

 「あら、今や、世界中が同じになってしまったわよ。特に、社会主義だからなんて、もうないわ」

 確かに。しかし、国のシステムと、常にある不安定さと新たな問題を、「なにで支えているか」というのは、まさに革命も含む、この国の歴史が大きなポイントになっていることも確かなのではないだろうか。

 話を今のキューバに戻そう。

 車の売買の他に、じりじりと変化の兆しを見せているのが、不動産売買。

 今はまだ、キューバ人どうしでないと、売買してはいけないことになっている。しかし、現実は違う。外国人が、キューバ人名義で買っていることは、いまや常識みたいなものだ。それを自分が住む場所として持つか、いずれ転売するか、レンタル・ハウスなどとして稼ぐかは、人それぞれ。

 この国に不動産屋さんは存在しないことになっているが、実は外国の会社がすでに入り込んで、上に記したような仲介をしている、という話もある。

 また、外国の会社ではなくても、「そういう仕事」をやっているキューバ人もいる。もちろんまだ違法である。この国の違法は、かなりの速さで、「明日の合法」の可能性もあるのだけれど。

 ある行きつけのレストランの窓から、ふと「SE VENDO=家、売ります」の文字を見つけて近寄ってみると、すかさず、するり、と若い男が現れて「買わない?」と言われた。どう見ても「外国人である」私に。

細部が常に変化し続ける国?

 最初の衝撃、にあと一つ、付け加えておこう。ほんのこの1年間でびっくりするほど変わったこと。

 それは、どこもかしこも工事中だらけ、ということ。特に、ハバナ・ビエハと呼ばれる「旧市街区」は凄い。道は掘り起こされ、旧かった建物が新しく塗り直され――それは車の時ほどには単純に「綺麗になった」と喜べないのが残念だが――一方では旧いビルは、以前にもまして旧くよれよれになり……。

 このビエハは以前からある「ビエハ=旧い」風情を残しつつ、綺麗に直していけないものなのだろうか。きっとやっているのだと思うけれど。

あまりにも鮮やかな壁。ハバナ拡大あまりにも鮮やかな壁。ハバナで=撮影・筆者
 以前は、ビエハを修復するための資金集めのために、カーニバルに登場する「竹馬のようなものに乗った曲芸」をしつつ、練り歩く人たちがいた。今は見ない。なんとキューバは「細部が常に変化し続ける国」なのだろうか。

 ある日、マキナと呼ばれる乗り合いタクシーで一緒になった「アートの修復を専門にしている女性」――実は、私がスペイン語を勉強するために通っている大学の教授だったのだが――にこのことを訊いてみた。

 きさくでフレンドリーなこの人は、確かに政府もプロジェクトをもっている、でもお金はないので、民間と半々なのよ、と。民間の多くは、海外の企業であるという。スペイン、イタリア、フランス、ベネズエラ、という国の名前が挙がった。これからは、米国も入ってくるのだろうか?

 さてさて、最初の衝撃、などと言いつつ、あまりにも筆が進み過ぎただろうか。

 これから、車のことも、不動産売買のことも、建築物修復のことも、より詳しく訊きつつ、見て行きたいとおもっている。それは新たな回にまた、書いていこう。

 そうだ、この国のもつ、チャーミングなハートの部分のことも、書きそびれた。それも、またいずれ。少しだけ書けば、音楽の場の楽しさ、ということと、自然に混ざり合いが出来上がってしまっている多民族のノリ、とでもいえばいいのか。

 これほどのものは、他の多くの多民族国でも、類を見ない。つまり、「自然に」、「混じりあって」、ぐるぐると揺れていくような醍醐味を持つ国。ブラジルだって、多民族国家であり、楽しい音楽の場はあるが、「まったくないわけではないけれど、かなり少ない人種差別の無さ」を誇るキューバは、他の国と一線を画している感がある。

 また不安定さや、不安や、次になにがどうなるかわからない、そんな社会性の中だからこそ、ふとした瞬間に訪れる、これらの美しい感覚がなんともいえない酔いをもたらしてくれることは確かだ。音楽の場の楽しさについて詳しくは、またいずれ。  (つづく)

全ジャンルパックなら本の記事が読み放題。


筆者

板垣真理子

板垣真理子(いたがき・まりこ) 写真家

1982年、ジャズ・ミュージシャンの撮影から写真の世界に入る。以後、ナイジェリアをはじめとしたアフリカ、南米、カリブ、アジアなどを取材。著書に、『キューバへ行きたい』(新潮社)、『ブラジル紀行――バイーア・踊る神々のカーニバル』(ブルース・インターアクションズ)、『武器なき祈り――フェラ・クティ、アフロ・ビートという名の闘い』(三五館)など多数。