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期待しては裏切られ…この5年間の政治を振り返る

ファイナルコールならぬファイナル・アーティクルとして

鈴木崇弘 城西国際大学客員教授(政治学)

 筆者は、本記事をもってWEBRONZAの執筆を離れることになった。そこで、これまでを振り返って分析するとともに、自身の意見を表明することで、最後の記事としたい。

 筆者は、2010年6月のWEBRONZA開設以来の論者の一人として、この5年間記事を書かせていただいた。その数は170を超える。それは、年34本以上、ほぼ10日に1本の割合になる。

 筆者は、ネットの特性とWEBRONZAの出自である月刊誌「論座」の特性を踏まえて書くように努めてきたつもりだ。それは、ある程度タイムリーではあるがフローで一時的あるいは表層的な問題や課題よりも、政治や社会におけるより長期のスパンに関わる問題や課題を取り上げるようにしてきたことである。

 また政治の現場をわずかながら知っている経験からの視点、地味ではあっても一般とは異なる観点から執筆するように努めた。さらに、一般的にはあまり取り上げられない話題や、キャッチーではないが政治や社会を理解するための基本的なテーマも取り上げようとしてきた。

 最初の記事は、2010年6月24日の「菅さん、ゴルバチョフになってください!」だった。それは、2009年の政権交代のあと、最初の鳩山政権が空回りし、菅政権が生まれたことに関する、筆者の個人的な経験に基づく記事であった。

 それ以降、菅政権やその後の民主党政権も、東日本大震災を挟み、国民からの支持を回復できずに、2012年12月に自民党が政権に返り咲くこととなる。

 これらのことを簡単にまとめると、次のようになる。

2009年8月 民主党が衆議院選挙で大勝し、翌9月、民主党鳩山政権が成立(日本で初の本格的な政権交代)
2010年6月 民主党・菅政権成立
2011年3月 東日本大震災および福島第一原発事故が起きる(日本の歴史上でも稀にみる大規模複合災害)
2011年9月 民主党・野田政権成立
2012年12月 衆議院選挙で民主党惨敗。自民党が政権復帰(第二次安倍政権、首相再任は、1948年の吉田茂以来、64年ぶり)
2013年7月 参議院選挙において初のネット選挙解禁(2013年4月成立のインターネット選挙運動解禁に係る公職選挙法の一部を改正する法律<議員立法>による)
2015年6月 世論調査で「8割以上が安保法制の説明が不十分」の声。これに対して、安倍総理は「決めるときには決める」と主張。公職選挙法改正により選挙権年齢が「18歳以上」に引き下げ。自民党議員の勉強会で報道威圧問題。(EU、財政危機のギリシャへの金融支援拒否に伴い株価の下落)

インターネット放送に出演し、安保法制について説明する安倍晋三首相。左は自民党の大沼瑞穂参院議員=6日夜、東京・永田町の自民党本部、代表撮影拡大インターネット放送に出演し、安保法制について話す安倍晋三首相(左は自民党の牧島かれん衆院議員)。首相の言葉は国民に届くのか=2015年7月10日、東京都千代田区区、代表撮影
 このようにみると、この5年間は日本にとって激動の時、試練の時であったことがわかる。また、日本のそれまでのガバナンスが大きく問われた時期でもあった。

 そして、その時期を経て生まれた安倍政権は、金融および経済の政策を前面に打ち出し、国民の支持を得ながら、日本の経済や国際的なポジショニングを回復するのに成功してきた。

 だが他方で、最近は、集団的自衛権の法制化や憲法改正への着手に向けて動いているが、国民の支持は高まっているとはいえない。

 筆者は、このような政治や社会の流れを受けて、 ・・・ログインして読む
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筆者

鈴木崇弘

鈴木崇弘(すずき・たかひろ) 城西国際大学客員教授(政治学)

城西国際大学大学院国際アドミニストレーション研究科客員教授。1954年生まれ。東京大学法学部卒。マラヤ大学、イースト・ウエスト・センターやハワイ大学大学院等に留学。東京財団の設立に関わり、同財団研究事業部長、大阪大学特任教授、自民党の政策研究機関「シンクタンク2005・日本」の設立に関わり、同機関理事・事務局長などを経て現職。中央大学大学院公共政策研究科客員教授。著書に『日本に「民主主義」を起業する――自伝的シンクタンク論』『シチズン・リテラシー』『僕らの社会のつくり方――10代から見る憲法』など。

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