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世界遺産登録に見る歴史への向き合い方(上)

長期的な視野で物事を捉えるということ

金恵京 日本大学危機管理学部准教授(国際法)

近視眼的な視角の危険性

 2015年7月5日(現地時間)、ドイツ・ボンで開かれた国連教育科学文化機関(ユネスコ)の世界遺産委員会において、「明治日本の産業革命遺産」として23の施設が世界遺産に登録された。

 しかし、登録までには日韓両国の間で、非公式な形を含め様々なせめぎ合いが生まれることとなった。

 詳細は後述するが、6月の日韓外相会談で両国が登録に協力し合うとの合意がなされたはずであったとの報道を受けて、日本では韓国の反応に対して「足を引っ張られた」あるいは「裏切り」というように見なすことが多く、「これは安倍政権の外交敗北だ! 韓国“裏切り”の『世界遺産』全内幕」(『週刊文春』2015年7月16日号)や「反韓拡大」(「夕刊フジ」2015年7月6日発行)といった見出しがメディアに踊ったのである。

 ただ、筆者はこの世界遺産に関する話題が注目を集めるようになった本年5月から、度々コメントを求められたこともあり、両国の動向を注視してきた。そうした者からすれば、実はこの問題は世界遺産委員会における審議のみを近視眼的に見ていると、反応を誤るように思える。

 そこで、本稿では「当該世界遺産が話題になってからの2ヶ月の両国の動向」ならびに「1940年代前半から現代までの歴史的スパン」を同時に踏まえる複眼的な視野をもって、日韓両国の世界遺産への立場を見直していく。なぜなら、自国政府の発表と、数日の動向を伝える自国メディアだけに判断基準を置くと、どうしても問題の全体像が見えてこないためである。

 そうした認識の下、世界遺産と日韓関係をめぐる動向を時系列に沿って概観しつつ、「明治日本の産業革命遺産」が持つ課題と可能性について述べていきたい。

「明治日本の産業革命遺産」と時期区分

 世界遺産として「明治日本の産業革命遺産」がユネスコの諮問機関である国際記念物遺跡会議(イコモス)により登録の勧告を受けたのは、2015年5月4日のことであった。その日以来、日韓両国メディアの当該施設に対する注目は一気に増していくこととなる。

 そして、23の施設が公表されて間もなく、韓国からその内の7施設において、戦時中、強制徴用が行われたとの指摘がなされた。そうした主張に対して、日本政府は当該施設の世界遺産としての価値はあくまで「明治日本」を意識したものであり、対象期間は1850年代から1910年までとの言及があるため、その指摘には当たらないとの立場をとっていた。

 ただ、この時代区分に関しては、幾つかの疑問が生じる。

 まず、文字上でいえば「なぜ、1910年を区切りとするのか」との点である。

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筆者

金恵京

金恵京(きむ・へぎょん) 日本大学危機管理学部准教授(国際法)

国際法学者。日本大学危機管理学部准教授、早稲田大学博士(国際関係学専攻)。1975年ソウル生まれ。幼い頃より日本への関心が強く、1996年に明治大学法学部入学。2000年に卒業後、早稲田大学大学院アジア太平洋研究科修士課程に入学、博士後期課程で国際法によるテロリズム規制を研究。2005年、アメリカに渡り、ローファームMorrison & Foester勤務を経て、ジョージ・ワシントン大学総合科学部専任講師、ハワイ大学東アジア学部客員教授を歴任。2012年より日本に戻り、明治大学法学部助教、日本大学総合科学研究所准教授を経て現在に至る。著書に、『テロ防止策の研究――国際法の現状及び将来への提言』(早稲田大学出版部、2011)、『涙と花札――韓流と日流のあいだで』(新潮社、2012)、『風に舞う一葉――身近な日韓友好のすすめ』(第三文明社、2015)、『柔らかな海峡――日本・韓国 和解への道』(集英社インターナショナル、2015)、最新刊に『無差別テロ――国際社会はどう対処すればよいか』(岩波書店、2016)。

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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