メインメニューをとばして、このページの本文エリアへ

news letter
RSS

[4]ロシアと旧東独で見た冷戦時代の名残

思想の強制と管理主義という「遺物」

伊藤千尋 フリー・ジャーナリスト

 北欧の航海の途中、ピースボートの船はバルト海に入った。ポーランドのグダンスクからスウェーデンのストックホルム、ロシアのサンクトペテルブルグ、フィンランドのヘルシンキを経てドイツ北部のヴァルネミュンデに着いたのは6月2日だった。

 ストックホルムもヘルシンキも、北欧という言葉から想像する通りの清潔で広々とした街だ。

 ストックホルムは自転車だらけで、自転車専用レーンがきちんと整備され、地下鉄の駅の構内は美術館のような凝った造りだ。エスカレーターに並行して障害者用のリフトがついているのも福祉立国をそのまま現している。

 ヘルシンキの街ではツアーに入らず自由行動した。

ストックホルムの自転車専用レーン拡大ストックホルムの自転車専用レーン=撮影・筆者
ヘルシンキの「岩の教会」拡大ヘルシンキの「岩の教会」=撮影・筆者

 船を降りた港のインフォメーション・センターで街の地図をもらい、まずは2階建ての巡回観光バスに乗って市街地を一周した。しっとりとした石畳の街を電車が静かに走る。「森と湖の国」と言われるだけあって住宅地をはずれると湖や森だらけだ。

 町はずれの一角に、岩をくりぬいて造った教会があった。テンペリアウキオ教会だ。

 花崗岩の岩山をダイナマイトでくりぬき、天井には直径24メートルの銅板のドーム屋根をつけた。内部に入ると壁が360度、岩だ。正面の聖壇に小さな十字架があり、壁のわきにパイプオルガンがある。あとは平らな床にイスが並ぶだけ。殺風景だが黒い岩の壁が荘厳さを感じさせる。岩とドームの間にある窓からまぶしい光が差し込む。

 私が入ったとき聖歌隊が聖壇を取り巻いて合唱していた。声が岩とドームに反響して、厳粛な気持ちになる。

 建築したのは2人の兄弟建築家で、「岩そのものが、すでに我々の教会だったのです」という言葉を遺している。

 この北欧の2国に対して、 ・・・ログインして読む
(残り:約1248文字/本文:約1964文字)

全ジャンルパックなら本の記事が読み放題。


筆者

伊藤千尋

伊藤千尋(いとう・ちひろ) フリー・ジャーナリスト

1949年、山口県生まれ、東大法学部卒。学生時代にキューバでサトウキビ刈り国際ボランティア、東大「ジプシー」調査探検隊長として東欧を現地調査。74年、朝日新聞に入社し長崎支局、東京本社外報部など経てサンパウロ支局長(中南米特派員)、バルセロナ支局長(欧州特派員)、ロサンゼルス支局長(米州特派員)を歴任、be編集部を最後に2014年9月、退職しフリー・ジャーナリストに。NGO「コスタリカ平和の会」共同代表。著書に『地球を活かすー市民が創る自然エネルギー』『活憲の時代』『変革の時代』『ゲバラの夢、熱き中南米』(以上、シネフロント社)、『一人の声が世界を変えた』『辺境を旅ゆけば日本が見えた』(以上、新日本出版社)、『世界一周 元気な市民力』(大月書店)、『反米大陸』(集英社新書)、『観光コースでないベトナム』(高文研)、『闘う新聞ーハンギョレの12年』(岩波ブックレット)、『燃える中南米』(岩波新書)など。

伊藤千尋の記事

もっと見る