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[2]高福祉国ドイツの難民受け入れ態勢とは

熊谷徹 在独ジャーナリスト

バルカンからの経済難民

 ドイツなど西欧にやってくるのは、シリアなど紛争国の市民だけではない。今年1月から7月までにドイツで亡命を申請した外国人の内約43%は、コソボ、アルバニア、マケドニア、セルビアなど、バルカン諸国の市民だった。

 ドイツ連邦移住難民局(BAMF)のマンフレート・シュミット長官(当時)は、9月11日にミュンヘン郊外のメッテンハイムで行われた講演会で「2015年8月31日の時点までにドイツに到着した難民の内、最も多かったのはシリア人で5万5000人だったが、アルバニアは3万8000人、コソボは3万3000人だった」と述べ、バルカン半島からの亡命申請者がシリア難民よりも多かったことを明らかにした。

 バルカン諸国ではシリアやソマリアと違って、内戦は起きていない。だがこれらの国々では、経済状態が悪化しているために、ドイツなどに移住して生活水準を向上させようという市民が増えている。いわば「経済難民」だ。

 だがドイツがいかに豊かな国であっても、経済難民まで受け入れることは不可能だ。祖国で戦争や政治的迫害が起きていない者には、亡命は認められない。バルカン半島からの難民の99%は亡命申請を却下され、自国に送還される。

 しかし、シュミット長官によると、亡命申請の審査には難民1人につき平均5ヶ月かかる。現在BAMFの審査官の数は、550人。BAMFに提出されたものの、審査が終わっていない亡命申請の数は、9月10日の時点で約28万件にのぼる。BAMFは今年末までに審査官の数を1000人に増やす予定だが、現在ドイツに続々と到着する難民の数を見ると、「焼け石に水」という印象が強い。BAMFの亡命審査が滞っていることについて、ドイツでは批判の声が高まっている。

ミュンヘン駅の受付センターで登録を済ませた難民たちは、政府が用意したバスで宿泊施設へ向かう(筆者撮影)拡大ミュンヘン駅の受付センターで登録を済ませた難民たちは、政府が用意したバスで宿泊施設へ向かう(筆者撮影)

 多くの難民が見るBAMFのホームページは、9月19日の時点でもアラビア語で表示できない(ドイツ語、トルコ語、ロシア語、英語だけ)。シリア難民が急増している現状を考えると、アラビア語がないのは不十分である。

 シュミット氏は、BAMFの職員数を増やすように連邦内務省に要請したにもかかわらず、彼の要請が直ちに受け入れられなかったことに抗議して、9月17日にBAMFの長官の座を辞任した。

 さて高福祉国ドイツ政府の難民受け入れ態勢は、非常に手厚い。難民を駅前の路上や地下道に寝かせていたハンガリー政府とは大違いだ。この手厚い対応が、難民たちを磁石のように引き付けていることは、否定しがたい事実だ。

 ドイツ政府は全ての亡命申請者に到着した第1日目から宿泊施設を手配し、食事や医療サービスも無料で支給する。難民のうち就学年齢の子どもを、学校に行かせてドイツ語を学ばせる。

 このほか政府は、難民に毎月352ユーロ(約4万9000円・1ユーロ=140円換算)の小遣いも支給する。これは、コソボ市民が自国で働いて稼ぐ平均月収とほぼ等しい金額だ。つまりバルカン半島からの経済難民にとっては、仮に強制送還されても、ドイツに数か月滞在すれば、それなりの「収入」になるわけだ。

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筆者

熊谷徹

熊谷徹(くまがい・とおる) 在独ジャーナリスト

1959年東京生まれ。早稲田大学政経学部卒業後、NHKに入局。ワシントン支局勤務中に、ベルリンの壁崩壊、米ソ首脳会談などを取材。90年からはフリージャーナリストとしてドイツ・ミュンヘン市に在住。過去との対決、統一後のドイツの変化、欧州の政治・経済統合、安全保障問題、エネルギー・環境問題を中心に取材、執筆を続けている。著書に「なぜメルケルは『転向』したのか・ドイツ原子力40年戦争の真実」、「ドイツ中興の祖・ゲアハルト・シュレーダー」(日経BP)、「脱原発を決めたドイツの挑戦」(角川SSC新書)など多数。「ドイツは過去とどう向き合ってきたか」(高文研)で2007年度平和・協同ジャーナリズム奨励賞受賞。
WebSite:http://www.tkumagai.de
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Twitter:https://twitter.com/ToruKumagai

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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