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辺野古は日本の民主主義と人権の問題だ

選挙と選挙の間で民意を表出する新たな回路の必要性と可能性

佐藤学 沖縄国際大学教授

米国などの若者の直接行動の動きが日本にも

 安保法制反対の国会前デモは、例えばイラク戦争反戦デモが世界多くの都市において十万人規模で行われたのに対して、東京では遙かに小さな規模であったことや、3.11後の原発反対や特定秘密保護法反対のデモの規模を想起すると、予想しなかった大きな運動になった。

「戦争させない」と書かれたプラカードを掲げる参加者たち=2015年10月、札幌市中央区拡大「戦争させない」と書かれたプラカードを掲げる参加者たち=2015年10月、札幌市中央区

 この数年の米国、エジプト、香港、台湾などにおける若者主導による街頭での直接行動の動きが、日本にも伝わったかのような感がある。

 しかし、結果的には安保関連法案は国会で成立してしまった。海外での運動も、多くはそれが確たる成果を生み出さなかったことが、今となっては明らかである。

 運動の高まりを政治体制の改革に繋げることの困難さは、改めて指摘するまでもない。選挙で勝つこと、あるいは真に意味のある政党政治制度を作り出し、それを続けることが重要である。

 直接行動で示された民意を、「民主的正当性」を独占する選挙で作られた政府に反映させるには、異なる次元での闘いが必須となる。その展望はあるのだろうか。運動の重要性は、政党次元の政治の重要性を打ち消すものではない。

 しかし、言うまでもなく、民主主義は選挙=政党政治のみで実現するものではない。選挙結果による議席配分が全てを決するならば、議会を持つ意味は無い。

 選挙間で民意を表出する新たな回路を(決して新しくはないのだが)作り上げる必要性と、その可能性が、今般の国会前行動で示された。

 これまでも、政策の失敗、政治腐敗や個人的醜聞の表面化等で、時の首相の支持率が低落し、内閣総辞職や衆議院解散に「追い込む」ことは民主政治の常態であった。受け身の世論調査の結果である内閣支持率ではなく、国民が能動的に街頭での非暴力直接行動で訴えることも、今後常態化させればよい。

 一方、民主主義の深化のためには、一貫して安倍内閣を支持し続けてきた40%の国民との対話、この人達に届く言葉での議論・説得が必須となる。

 1960年の安保闘争での30万人デモに対し、当時の首相・岸信介は、デモと無縁の通常の生活をしている人々の「声なき声」を聞け、という発言をした。これが民意を聞かぬ傲慢さの象徴とされ、最終的に岸は安保条約改定後に退陣に追い込まれた。

 今、この岸発言に含まれた「事実」を直視しなければ、60年安保の後の日本政治を繰り返すことになる。後継の池田勇人首相が「所得倍増論」を掲げた後、高度経済成長が本格化し、安全保障や憲法は争点から消え、自民党に反対する側は、恒久的な少数派に転落し、それが今の民主党の惨状まで続くと見るべきである。

 岩盤のような安倍支持40%、そして今支持に転じつつある人々に、あらゆる回路を使って、何が問題なのかを、彼らに届く言葉と論理で伝える努力を続けなければならない。

 最終的には選挙で勝たなければ、民主的正当性を獲得することが出来ないのである。と同時に、「とにかく政権交代を」という構想は、すでに試した上で大失敗に終わってしまった事実を直視することからしか、現在の隘路を切り開くことはできない。

沖縄の「声なき声」は明瞭な意思を示し続けてきた

 沖縄の闘いを振り返ってみたい。

1995年10月21日、米兵による少女暴行事件に抗議して開かれた総決起大会の会場は8万5千人の参加者で埋め尽くされた=沖縄県宜野湾市拡大1995年10月21日、米兵による少女暴行事件に抗議して開かれた総決起大会の会場は8万5千人の参加者で埋め尽くされた=沖縄県宜野湾市

 国会前の12万人のデモが、歴史を画する直接行動であったことには異論はない。しかし、沖縄では、95年の少女暴行事件に抗議する県民大会に8万5千人(沖縄島以外での参加者を合計すると10万人)が参加した。

 以後、とりわけ2010年からは、辺野古新基地建設反対、MV22オスプレイ配備反対の県民大会が何度も開催され、3万人―10万人という規模の参加者が集まってきた。右派メディアは、この数を誇張としているが、仮に、彼等が言う宜野湾海浜公園には2万人しかいなかったということが正しかったとして、この2万人を考えてみたい。

 沖縄県の人口は143万である。うち、沖縄島が約130万人。東京都の人口が1330万。首都圏1都3県で約2500万。つまり、沖縄で2万人が直接行動に参加したならば、東京との人口比ならば20万人、首都圏となら40万人近くが参加したことになる。

米軍普天間飛行場から離陸したオスプレイ=沖縄県宜野湾市拡大米軍普天間飛行場から離陸したオスプレイ=沖縄県宜野湾市

 ちなみに、今年5月にセルラースタジアムで開催された県民大会は、警察発表で25000人参加である。こうした規模の直接行動で表出してきた沖縄の辺野古新基地反対、オスプレイ配備反対の「民意」は、知事選挙での結果を生み出さなかったために黙殺されてきた。

 しかし、2009年総選挙で、沖縄の全4選挙区は辺野古新基地建設反対を公約とする候補者が勝ち、2010年1月の辺野古の地元自治体である名護市長選挙と同年9月の名護市議会選挙で、いずれも辺野古新基地建設反対を公約に掲げる市長と市議会議員多数を選出した。

 そして、まさに辺野古新基地建設の是非が最大争点となった昨年11月の知事選挙と、その1ヶ月後の衆議院選挙まで、沖縄県民は辺野古新基地建設反対の候補者を選び続けた。

 米政府関係者、米軍関係者、あるいは右派メディアは、沖縄の声なき声は、自分たちの側を支持していると言い募ってきた。その最大の場が知事選挙であったのは言うまでもない。その知事選挙で、現在の翁長知事が候補者4人の選挙で、絶対得票率50%超、現職に10万票の大差を付けて勝ったことで、それを覆した。

 付け加えるならば、2013年12月に基地建設のための埋め立て許可を承認した仲井眞前知事は、2010年の二期目の知事選挙で、「普天間の県外移設」を公約として、争点を隠して勝った。また、今回の第二次安倍内閣で沖縄・北方担当相として入閣した島尻安伊子・自民党参議院議員は、2013年参院選では、普天間の県外移設を主張して当選している。

 沖縄は、直接行動でも、選挙結果でも、明瞭な意思を示し続けてきたのである。

 にもかかわらず、安倍政権は辺野古新基地建設を強行する。それは、政党政治の次元で、沖縄の民意を汲む政党が極小であるからに他ならない。最大野党民主党の鳩山政権時に、現在の辺野古新基地建設を決めた日米合意が結ばれ、続く、菅、野田政権もそれを変えることなく、民主党は現在も辺野古新基地建設反対には転じていない。

日本国憲法の「不都合な真実」を正す沖縄県民の闘い

 沖縄には日本の民主主義は適用されないのか。

 1952年4月28日のサンフランシスコ講和条約により、沖縄の施政権が米国に移され、その後、1972年5月15日の日本復帰までの27年間、沖縄県民の人権は、日米どちらの憲法によっても守られていなかった事実は、どれだけ知られているだろうか。

 さらに、日本国憲法を作る制憲国会を選出した1946年4月の衆議院議員選挙では、沖縄県では選挙法が「停止」され、日本国憲法を作る過程で、沖縄県、沖縄県民は全くの埒外に置かれていた事実は、ほとんど認識されていないのではないか。60年代の復帰運動が、日本国憲法の理念を理想化した歴史、しかし、その日本国憲法を作るに当たり、日本国民は沖縄県民に思いを馳せることがなかった事実は、その結果が今の状況にも直接影響を与えているだけに、とてつもなく重い。

 沖縄県民の現在の闘いは、日本国憲法の「不都合な真実」を正し、日本国憲法が実現するはずであった民主主義と人権擁護を、真に実現させるための長く続く闘いである。

 沖縄県民の歴史に根差した特別な感情、沖縄県民の気の毒な環境、というような理解に止まっている限り、「日本の民主主義」は不全なままである。

 多数決原理だけを民主政の要諦とする考えを改めない限り、憲法を守る運動は意味を失う。人口では圧倒的少数である沖縄県民の意思を、金と暴力で潰すことがまかり通れば、それは民主政ではない。辺野古は、「日本の」民主主義と人権の問題なのだ。

選挙結果を無視して強行する国の異様さ

 本来、これだけはっきりした選挙結果が、地元の意思を明瞭に示している問題で、国が選挙結果を全く無視して、警察力により、新基地建設を強行するなどという事態が、どれほど異様であるか。

 そして、県と国の間の、埋め立て許可取り消しに関する法廷での争いのみに問題を囲い込み、自らの側の圧倒的に有利な日本の司法を背景に工事中断すら許さないという安倍政権の手口の非道が、見逃されようとしているのは、それが安全保障問題であり、中国の軍事的脅威への対抗策だからという、事実に基づかぬ妄念が日本国民の間に広まっているからである。しかし、在沖海兵隊の実態は、日本国民の期待しているものとは、全く違っているのである。

 国策であるから云々という理屈は、今年、政府が適地を選定して建設を決める方針に転換した、高レベル放射性廃棄物最終処分場建設にも、そのまま使われることになる。沖縄の問題は他人事だと考えている日本中の人口減少県の県民は覚悟した方が良い。有無を言わさず、核のゴミ捨て場にされるのだ。

 今回の安保法制反対運動が成立を止められなかった後の苦い思いを、沖縄県民は繰り返し強いられてきたのである。そして、沖縄にとっての危機感、切迫感は、「いつか戦争を始める」ということとは異なる。今月中にも、安倍政権が警察力を使って座り込みを排除して、辺野古新基地建設を強行する可能性という、まさに眼前の危機が迫っているのである。

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筆者

佐藤学

佐藤学(さとう・まなぶ) 沖縄国際大学教授

1958年生まれ。82年、早稲田大学政治経済学部政治学科卒業。84年早稲田大学大学院政治学研究科博士前期課程修了。98年ピッツバーグ大学政治学大学院博士課程満期退学。2002年中央大学より政治学博士号取得。87年から98年にかけてピッツバーグ大学他で非常勤講師(米国政治、公共政策等)。02年より現職。