メインメニューをとばして、このページの本文エリアへ

RSS

米軍のアフガン完全撤退延期は、地獄への選択か

問われるべきは、オバマ政権のアフガン政策の失敗

川上泰徳 中東ジャーナリスト

泥沼に引きずり込まれる米国

 オバマ大統領が2016年末に予定していたアフガニスタンからの米軍の完全撤退の延期を発表したことで、7年前の大統領就任時に掲げた「対テロ戦争の終結」という公約を守ることはできなくなった。イラクからの米軍の完全撤退は2011年末に実現したが、その後、「イスラム国(IS)」が出現し、2013年秋にはISへの空爆を始めた。ISはアフガンでも勢力を広げつつあり、米国は対テロ戦争から足を抜くどころか、ますます泥沼に引きずり込まれることになりそうだ。

ホワイトハウスで共同会見をするオバマ大統領とガニ大統領=2015年3月、ワシントン、ラハム裕子撮影拡大ホワイトハウスで共同会見をするオバマ大統領とガニ大統領=2015年3月、ワシントン、ラハム裕子撮影

  アフガンでは現在9800人いる米軍を当初、今年末に5500人に削減し、オバマ大統領の任期が終わる前の16年末までに米大使館警護の1000人だけにする予定だった。

 しかし、「状況の悪化」によって、現状の規模を維持し、5000人規模への削減は来年以降に延期される。完全撤退の決定は、2017年1月の次期政権に委ねられることになる。アフガン情勢は簡単に改善しそうになく、むしろ悪化する材料ばかりだ。来年5000人規模に減らすことさえ実現できるかどうか微妙である。

タリバンによる北の州都の制圧の衝撃

 「状況の悪化」というのは、9月下旬にイスラム過激派組織のタリバンが首都カブールの北240キロのクンドゥズ州の州都クンドゥズに攻勢をかけ、アフガン軍を敗走させて、州都の大部分を制圧し、半月とどまったことに象徴的に表れている。2001年の米軍によるアフガン戦争でタリバン政権が崩壊した後、タリバンが州都を支配するのは初めて。タリバンがアフガン全土で勢力を保っていることは周知の事実だが、いずれも周辺地域に止まり、州都は政府軍が押さえているというアフガン政府の言い分はものの見事に崩れ、米国も危機感を強めた。

 タリバンによるクンドゥズの制圧は、ISの前身の「イラク・シリア・イスラム国(ISIS)」による2014年6月のイラク北部モスルの陥落を連想させる。首都バグダッドとモスルの距離は340キロなので、カブールとクンドゥズの距離は、それよりも100キロ近く短い。今後、タリバンがさらに攻勢を強めれば、分裂状態のイラクの二の舞になりかねない。

 現地からの報道を見る限り、タリバンによるクンドゥズ制圧は、タリバンの強さというよりも、政府軍の脆さと、ガニ政権になってからの治安の悪化、経済の失敗などに対する国民の不満の現れという見方が一般的だ。タリバンのクンドゥズは9月30日のガニ大統領就任1年に時期を合わせたものであり、露骨に政権を揺さぶる意図が読み取れる。

来年大統領選を控え、長期的視野に立てない

 アフガンの米軍は最大10万人いたが、9800人まで減ったわけで、その数を維持してもタリバンとの戦いを主導することはとてもできない。米軍は、米国がアフガン政府の後ろ盾という役割を演じるための道具立てに過ぎない。

 米国オバマ大統領はアフガンからの完全撤退計画の延期を「重大な決断」と言ったが、勝機のない「対テロ戦」の深みにはまるよりも、オバマ大統領の公約を守るという建前で、アフガンから足を洗うという選択肢もあったはずである。それが長い目では、米国の利益かもしれない。

 しかし、来年、米国は大統領選を控えており、とてもその先のことまでは目がいかないのだろう。予定通り今年末にアフガンの米兵を半減させて、来年もタリバンの攻勢で状況が悪化すれば、「対テロ戦」強化を唱える共和党候補に、格好の批判材料を与えることになる。

タリバンとの交渉で必要な米国の後ろ盾

 さらに米国がいま足を抜けないのは、ガニ政権が今年7月に、アフガン戦争以来初めて、タリバンとの公式協議が始めたためでもある。アフガンのタリバンとの協議は最初に米国が始めたもので、今後の交渉でも米国が政府の後ろ盾となる必要がある。

 公式協議が行われてすぐ、タリバンの最高指導者オマル師の死亡が明らかになった。タリバン内部で、政権との交渉に前向きの穏健派と、反対の強硬派の亀裂が出ているとの情報が出た。タリバンの新しい最高指導者には和平交渉に前向きな穏健派のマンスール師が選出された。しかし、その後、クンドゥズ攻勢があったことは、タリバンの中の強硬派が戦闘を主導したとみられる。

 マンスール師の指導下で今後も強硬派と穏健派の主導権争いが続くことになろう。ガニ大統領は、タリバンの軍事攻勢に対抗しながら、和平交渉も続けるという両面での対応を迫られることになる。

独り立ちできないアフガン政府

 オバマ大統領の撤退計画の見直しには、ガニ大統領の強い要請があったとされる。ガニ大統領としては、軍事と政治の両面、さらに財政支援も合わせて、米国頼りにならざるを得ない。ガニ大統領にとっての最良のシナリオは、タリバン穏健派との間で和平合意を実現し、タリバンを含めた統一政府をつくって、タリバン強硬派を抑え込むということだろう。しかし、マンスール師が穏健派だけに、タリバン指導部は常に強硬派に引っ張られることになるだろうし、和平協議が、2、3年で決着するとはとても思えない。

 問題は、アフガン戦争から14年たってなお、米国がタリバン政権を打倒してつくったアフガン政府が、軍事でも政治でも、経済的にも、独り立ちできる状態ではないということである。オバマ大統領には、米軍完全撤退の公約を守ることができなかったことよりも、米軍撤退の環境や条件をつくることができなかったという意味で、アフガン政策の失敗の責任が問われなければならないだろう。

・・・ログインして読む
(残り:約1395文字/本文:約3677文字)

全ジャンルパックなら本の記事が読み放題。
Journalismの記事も読めるのは全ジャンルパックだけ!


筆者

川上泰徳

川上泰徳(かわかみ・やすのり) 中東ジャーナリスト

長崎県生まれ。1981年、朝日新聞入社。学芸部を経て、エルサレム支局長、中東アフリカ総局長、編集委員、論説委員、機動特派員などを歴任。2014年秋、2度目の中東アフリカ総局長を終え、2015年1月に退職し、フリーのジャーナリストに。元Asahi中東マガジン編集人。2002年、中東報道でボーン・上田記念国際記者賞受賞。著書に『イラク零年――朝日新聞特派員の報告』(朝日新聞社)、『現地発 エジプト革命――中東民主化のゆくえ』(岩波ブックレット)、『イスラムを生きる人びと――伝統と「革命」のあいだで』(岩波書店)、『中東の現場を歩く――激動20年の取材のディテール』(合同出版)、最新刊に『「イスラム国」はテロの元凶ではない――グローバル・ジハードという幻想』(集英社新書)。

川上泰徳の記事

もっと見る