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アフガニスタン撤退断念が投げかける教訓

現実を直視し、失敗は繰り返さないという軌道修正が世界中でできなくなっている

酒井啓子 千葉大学グローバル関係融合研究センター長

アフガンでの米軍の死者は2372人

  10月20日、オバマ大統領は、自らの任期中にアフガニスタンから米軍を撤退させることを断念した。オバマが大統領に選ばれたのは、米国民がアフガニスタン戦争、イラク戦争の泥沼に倦んだからだったが、アフガニスタンに駐留を続ける米軍の死者は10月末までに2372人に上り、無人攻撃機の多用は、現地住民の対米反感を高めるばかりとなった。

 米軍が撤退したはずのイラクでも、「イスラーム国」(IS)の台頭で地上戦を含めた軍事行動を再開させざるを得ず、10月22日にはイラク北部のハウィージャで米軍兵士が死亡した。2011年末の撤退後、初めての米軍の死者である。

ホワイトハウスで3月24日、共同会見をするオバマ大統領(右)とガニ大統領=ワシントン、ランハム裕子撮影拡大ホワイトハウスで3月24日、共同会見をするオバマ大統領(右)とガニ大統領=ワシントン、ランハム裕子撮影

 イラク戦争後イラクが内戦に陥った2006-07年の段階で、すでに、イラク戦争は失敗だったとの声が高まっていた。イラク戦争開始から2011年末までの間にイラクで命を落とした米兵は、4500人弱に上る。

 イラクに派兵された米軍兵士は、地元の反米抵抗運動の影に怯えて出会う者すべてがテロリストに見え、誤認もいとわず逮捕するか発砲する――そんな米軍イラク駐留の現実に光を当てた映画が、数々製作された。すさんだ心理が米兵のモラルを落とし、刑務所のイラク人を虐待したり、イラク人少女をレイプしたりといったスキャンダルも、米国世論に衝撃を与えた。

 それでも、米軍は反政府勢力の弱体化に決定的な役割を果たすスンナ派の部族勢力の取り込みに成功し、中央政府に挙国一致、宗派間バランスを維持する政策を促した。その結果、1ヶ月3000人にも上るイラク人死者を出していた内戦は、2008年後半には落ち着きを見せ、死者数も月平均3~400人程度まで減少した。これは、ペトレイアス方式と呼ばれ、「イラクでの成功」例としてアフガニスタンにも適用可能では、と期待がかけられた。

成功と思われたイラクでの対応がうまくいかなかった理由

 いったん成功だと思われたイラクでの対応が、結局うまくいかなかったのは何故なのか。

 「アラブの春」の結果によるシリアの内戦化、ISという未曽有の危機の出現など、想定外の出来事が起きたからうまくいかなかったのであって、そもそもの方針、方法は間違っていなかったはずだ、という意見もあろう。あるいは、失敗したのは戦後処理の問題であり、戦争自体は正しい戦争だった、という考え方も根強い。イラクの場合は、戦後旧軍やバアス党を安易に解体したことが反政府活動を激化させた、との反省がなされ、その点を改善すれば取返しがつく、と考えられた。戦後いったん排除した旧政権関与者を呼び戻そうとした上記のペトレイアス方式は、その典型である。

 だが、ISの登場にせよシリア内戦にせよ、偶発的でもなければ戦後処理の問題から起きたものではない。10月25日、遅ればせながらイラク戦争の失敗を認めたブレア元英首相がいみじくも指摘したように、イラク戦争がなければISは出現しなかった。ISの幹部や支持者には、イラク戦争で不利益を被った人々が多く存在するからである。

 アフガニスタンやイラクで外国の軍事力による介入が行われなければ、中東からイスラーム世界全般で、ここまで反米武装活動が活発化することはなかった。戦争で家族や知己を奪われた人たちの怨みは、簡単に癒されるものではない。

 さらには、こうした戦争によって、外国の軍事力の介入による政権転覆がありうるという実例を示すことがなければ、リビアやシリアでの「アラブの春」のように蜂起の過程で反体制派が外国の関与に過度な期待を抱くこともなかっただろう。そして、イラク戦争によって「現地の政治に軍事的に関与したらたいへんなことになる」という教訓を欧米諸国が学ぶことがなければ、シリアやリビアの混乱に国際社会の支援が必要とされても国際社会が「あつものに懲り」て無関心を決め込むことはなかっただろう。欧米諸国が無関心を決め込むことがなければ、シリア内戦やイエメン内戦に周辺国が自国の利益をもとめて無秩序に介入することはなかっただろう。今、中東地域の紛争状況を席巻している宗派対立も、今ほどには紛争化しなかったはずだ。

無法を放置すればよかったのか

 では、イラクのフセイン政権やアフガニスタンでのアルカーイダの無法を放置していればよかったのか? どのみち、起きてしまった政権転覆を元に戻すことはできない――。こうした反論は、繰り返し聞かれる。ブレアも、そしてイラク戦争直後のイラク国民の大多数も、フセイン政権の打倒は是と回答している。だったら軍事行動以外に方法はなかったじゃないか、という議論だ。

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筆者

酒井啓子

酒井啓子(さかい・けいこ) 千葉大学グローバル関係融合研究センター長

1959年生まれ。東京大学教養学部卒、英ダーラム大学修士。アジア経済研究所研究員、在イラク日本国大使館専門調査員、東京外国語大学教授を経て現職。専門はイラク政治、現代中東政治。著書に『イラクとアメリカ』(岩波新書)、『イラク・フセイン政権の支配構造』(岩波書店)、『〈中東〉の考え方』(講談社現代新書)、『中東政治学』(有斐閣)等。

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