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フランスの同時多発テロはどうしておこったのか

理念大国の苦悩

渡邊啓貴 帝京大学教授(ヨーロッパ政治外交、国際関係論) 

「組織的なネットワークテロ」の衝撃

 11月13日、パリで発生した同時多発テロ事件は130人に上る犠牲者を出した大惨事となった。この事件はこれまでにない規模と組織性を背景に行われた。それは実行犯の一人であるサラ・アブデスラムがブリュッセルにまで逃走、治安当局との追撃戦が展開されていることや、18日にはパリ郊外サンドニ市の犯人グループのアジトに治安当局が押し入り、自爆テロを含む死者と8人の逮捕者を出したことに明らかだ。

 今年1月の「シャルリー・エブド事件」の時は俗に言う「ローン・ウルフ」型のテロだったので、議論の焦点は「表現の自由」の方に絞られ、治安当局の不首尾にたいする追及は大きくならなかった。今回のテロは文字通り、「組織的なネットワークテロ」の典型で、しかも治安当局の厳しい体制の中でのことであったから、フランスとヨーロッパの人々に与えた衝撃は大きかった。

 フランスのシリア空爆をきっかけにしたパリの同時多発テロ事件は、多方面への波紋を広げることは確実だ。治安の難しさ、犯人の中にイスラム系のフランス国籍の人間がいることからフランスと西欧諸国の社会統合の困難さ、そして西欧的な価値観の危機と文明の衝突はますます熾烈さを増すであろう。テロはフランス社会・文化の深層に及ぶ。そしてこのテロ事件は外交問題でもある。シリア・中東をめぐる米欧露の外交イニシアチブをめぐる角逐、ひいては冷戦後の国際秩序の再編成をめぐるパワーゲームの一端でもあり、その傷口を広げる元凶にもなりかねない。

 ここでは紙幅の都合上、治安と社会統合のジレンマについて論じよう。

パリ中心部のレピュブリック(共和国)広場には、追悼の祈りを捧げる人たちが集まった=11月15日拡大パリ中心部のレピュブリック(共和国)広場には、追悼の祈りを捧げる人たちが集まった=11月15日

最善の治安対策---理念の大国フランスの連帯強化

 1年に2度に及ぶ大規模のテロ事件の発生である。治安当局の在り方を再検討することは大きな課題である。テロ直後、仏「ルモンド」紙は本年1月以後の治安対策を検証した記事を掲載した。2月以後治安当局の努力で3件のテロが大きな被害が出ずに終わったことと、別途3件は未遂で処理できたことを伝えた。治安当局への批判の声を意識した記事だった。

 18日朝の掃討作戦ではパリシャルル・ドゴール空港やビジネス街のデファンス地区が狙われていたのを防いだと「ルモンド紙」は伝えた。治安当局の命がけの努力を伝える報道ぶりであるが、フランス国民に広がる恐怖心と不安を払しょくすることはできない。「テロ」は文字通り、フランス革命の時に生まれた言葉で「恐怖」からくる。テロリストの目的は第一にそこにある。

 今回のテロに対するフランス国民の見方をシャルリー・エブド事件直後と比べてみると(「フィガロ紙」11月18日付)、「テロに脅威を感じた」人は今回が98%であったのに対して、『シャルリ』直後には93%だった。自由を大切にするフランス国民の84%が今回は、今以上の治安・管理とある程度の自由の制限を認め、移民の受け入れを支持する人は38%でひと月前の49%を下回った。

 自由・平等・博愛を標榜するさすがのフランス人も今回のテロに大きなショックを受けているのは明らかだ。

 しかし、多様で国際的に広域に拡大するテロリストのネットワークや内外を容易に行き来することのできる「ホーム・グロウン(現地出身)テロリスト」の補足は困難だ。フランス政府も「テロリストなのか、軍人なのか」区別がつかない。つまり「正規の軍人」であれば理由なく身柄を拘留できないからである。今回の実行犯のうち5人はフランス国籍である。しかも日ごろは周辺の人々にはごく普通の青年たちに見えていたといわれる人たちだ。「テロを予測するのは困難」というのは実は治安当局の本音であるという。

 それでは爆撃を強化してイスラム国を撃滅すれば、それで片が付くのか。フランスがシリア空爆を9月に開始する前にも多くの議論が交わされた。フランス政府の空爆の大きな狙いはイスラム国への打撃とフランスやヨーロッパ国籍を持つテロリストたちの根を断つことにあったが、それが成功するかどうかという点に関しては、悲観的な見方も強かった。その意味では事態は楽観を許さない展開となった。

 17日、オランド大統領は両院議員総会で「フランスは戦争状態にある」と断言し、犠牲者への哀悼の意を示すと同時に「フランスは自由の国であり、・・・人権の祖国である」ことを強調し、このような「嫌悪すべきこと=テロ」に対して「国民的団結」のために自分はこの日演説をするのだと、フランス的な理念の擁護と、そのための連帯を強調した。

 つまり、もはや物理的にテロを防ぐことに限界があるとすれば、フランスの近代市民社会の理念のもとに「心をひとつにする」ことでしか、テロに対抗ではきない。いやそれこそ最大の防衛であるという危機感がこの大統領の発言には込められている。そしてそれは、人権とデモクラシーに支えられた「理念の共和国」であるフランスのアイデンティティーそのものなのである。

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筆者

渡邊啓貴

渡邊啓貴(わたなべ・ひろたか) 帝京大学教授(ヨーロッパ政治外交、国際関係論) 

1954年生。東京外国語大学卒業、慶応義塾大学・パリ第1大学大学院博士課程修了、高等研究大学院客員教授(パリ)、リヨン高等師範大学校、ジョージ・ワシントン大学シグール研究センター客員教授、在仏日本国大使館公使、雑誌『外交』『Cahiers du Japon』編集委員長などをへて現職。『ミッテラン時代のフランス』芦書房、『ポスト帝国』駿河台出版、『米欧同盟の協調と対立』有斐閣、『フランスの文化外交戦略に学ぶ』大修館、『シャルル・ドゴール』慶応大学出版会、『現代フランス』岩波書店など。

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