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 2008年、サウジアラビアに取材で3週間入った。

 90年代は取材ビザを申請してもほとんど出なかった。例外的に、日本の首相や大臣がサウジアラビアを訪問する時にだけ、同行者にビザが出ることがあった。しかし、08年のビザは、全くの取材ビザであり、何をテーマにしてもよかった。私は夕刊連載「イスラムは、いま」で、9・11事件後のサウジアラビアの変化を追うことにした。

 サウジに入る前に、取材対象について考えた。

 ▽駐留米軍と戦うためイラク入りする若者、▽アフガニスタンから戻った元戦士、▽リヤドの貧困地区とイスラム慈善運動、▽シーア派地域、▽女性実業家、▽離婚した女性、▽若者たちの就職問題――というような取材目標のリストをつくった。入国前に事前にインタビューの約束はとっていない。

 サウジに着くと、まず情報省に行き、外国メディア担当に会って、取材申請をする。テーマに合わせて、内務省のテロ担当や、女性の就業問題の取材で社会問題省にも申請した。

 情報省がアレンジした取材では、情報省の役人が案内人兼通訳として同行する。役人同行では話を聞けない取材相手もいるから、自分で取材相手を探して、会いに行くしかない。

 サダム・フセイン時代のイラクやシリアは、どこに行っても秘密警察が監視していたので、情報省を通さないで取材することはできなかった。だが、サウジアラビアは宗教的には厳格ではあるが、直接電話して話を聞くのは、かなり自由である。もちろん、電話による取材の申し込みやインタビューも、自分で、それもアラビア語でしなければならない。

イラクで米軍と戦おうとしたサウジ人

 内務省の取材についてなかなか連絡が来ないので、内務省の広報担当に直接電話してみた。

 「日本の新聞社の記者です」と述べると、いきなり「今日の12時だ」と広報担当の男性秘書から言われた。あまり時間がない。すぐにタクシーをつかまえて、内務省に行き、広報担当を訪ねた。

 すると、秘書が「お前は誰だ」と聞かれた。 ・・・ログインして読む
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筆者

川上泰徳

川上泰徳(かわかみ・やすのり) 中東ジャーナリスト

長崎県生まれ。1981年、朝日新聞入社。学芸部を経て、エルサレム支局長、中東アフリカ総局長、編集委員、論説委員、機動特派員などを歴任。2014年秋、2度目の中東アフリカ総局長を終え、2015年1月に退職し、フリーのジャーナリストに。元Asahi中東マガジン編集人。2002年、中東報道でボーン・上田記念国際記者賞受賞。著書に『イラク零年――朝日新聞特派員の報告』(朝日新聞社)、『現地発 エジプト革命――中東民主化のゆくえ』(岩波ブックレット)、『イスラムを生きる人びと――伝統と「革命」のあいだで』(岩波書店)、『中東の現場を歩く――激動20年の取材のディテール』(合同出版)、最新刊に『「イスラム国」はテロの元凶ではない――グローバル・ジハードという幻想』(集英社新書)。

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