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 2009年10月からエジプト第2の都市アレクサンドリアに拠点をおいて、中東駐在の編集委員になった。

 その第1弾として取材したのがイラクのシーア派の聖地ナジャフだった。ナジャフがシーア派の聖地とみなされるのは、シーア派の祖ともいえるアリの聖廟があるからだ。

イラクのフセイン政権が倒れt後、シーア派が政治の主導権を握り、シーア派の聖地ナジャフ市街は活気があった=2009年11月、撮影・筆者拡大イラクのフセイン政権が倒れた後、シーア派が政治の主導権を握った。当時のシーア派の聖地ナジャフ市街は活気があった=2009年11月、撮影・筆者
 アリはイスラムの預言者ムハンマドの従兄弟、一人娘ファテイマの婿であり、第4代カリフとなった。

 しかし、アリは暗殺され、その後でカリフ位を継いだメッカの名家ムアウィヤに対して、預言者の血を引くアリの血統を正統とし、アリの息子や孫を後継者としてシーア派がつくられたのである。

 ナジャフは1970年代までシーア派宗教研究の中心として栄え、イランやペルシャ湾岸のアラブ諸国、レバノンなどのシーア派地域から聖地訪問の信者や留学生を集めていた。

 しかし、旧フセイン政権によってシーア派宗教勢力は抑圧され、特に1980年にイラン・イラク戦争が始まってからは、イランと通じる勢力とみなされて弾圧が激化し、多くの宗教指導者がイランの宗教都市コムに移り、シーア派教学の中心もコムになった。

 ところがイラク戦争後のイラクで、選挙によってシーア派主導の政権が生まれてから、ナジャフはシーア派の本拠として急速に影響力を取り戻した。

 2008年にナジャフ国際空港が開業し、イラン、バーレーン、アラブ首長国連邦(UAE)、クウェート、レバノン、シリアとの定期便が次々と開通した。

 私は、勢いに乗っているナジャフを見てみたいと思った。2006年春に始まったスンニ派とシーア派の抗争はまだ尾を引いていたが、ナジャフの治安はかなり改善しているだろうと考えた。

満席の機内で

 私はバーレーンの首都マナマからナジャフ行きのガルフ・エアーに乗った。飛行機がナジャフ国際空港に着陸した瞬間、乗客の一人が甲高く叫んだ。 ・・・ログインして読む
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筆者

川上泰徳

川上泰徳(かわかみ・やすのり) 中東ジャーナリスト

長崎県生まれ。1981年、朝日新聞入社。学芸部を経て、エルサレム支局長、中東アフリカ総局長、編集委員、論説委員、機動特派員などを歴任。2014年秋、2度目の中東アフリカ総局長を終え、2015年1月に退職し、フリーのジャーナリストに。元Asahi中東マガジン編集人。2002年、中東報道でボーン・上田記念国際記者賞受賞。著書に『イラク零年――朝日新聞特派員の報告』(朝日新聞社)、『現地発 エジプト革命――中東民主化のゆくえ』(岩波ブックレット)、『イスラムを生きる人びと――伝統と「革命」のあいだで』(岩波書店)、『中東の現場を歩く――激動20年の取材のディテール』(合同出版)、最新刊に『「イスラム国」はテロの元凶ではない――グローバル・ジハードという幻想』(集英社新書)。

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