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メディアにおける「公平公正」とは何か?(上)

ジャーナリズムを縛る「魔法の呪文」

山田健太 専修大学人文・ジャーナリズム学科教授(言論法、ジャーナリズム研究)、日本ペンクラブ専務理事

「偏向」というマジックワード

 偏向している――これはいまの日本のメディアにとって、ほぼ間違いなく大きなダメージを受けるマジックワードだ。なぜなら、その中身はよくわからない曖昧模糊としたものにもかかわらず、この間、TBSもテレビ朝日も、この偏向報道批判の矢面に立たされ、その対応に苦慮してきたといえるからだ。

 もちろん、こうした「攻撃」はテレビにだけ向けられているわけではない。沖縄の県紙である琉球新報と沖縄タイムスにも、官民合わさった執拗な偏向報道批判が続けられている。

 さらに言えば、朝日新聞をめぐる慰安婦報道批判も、焦点はウソかホントかという記事の真実性ではあるものの、ある種の偏向批判といえなくもない。

「放送法遵守を求める視聴者の会」の意見広告拡大「放送法遵守を求める視聴者の会」の意見広告
 そしてなおかつ、こうした批判には、政府からの抗議や行政指導、政治家や政権党からの批判や要請と、様々な形で重なり合っている側面が多いことに注意が必要である。

 実際、11月に一部全国紙(読売・産経)に掲載された放送法違反の意見広告では、政府により強力な取り締まりを求める内容になっているし(別図)、市民団体による沖縄地元紙の糾弾活動では政治家が深く関与している。

 こうした状況の中で、いったい偏向しているとはどういうことなのか、改めて日本のメディアにおける「公平公正」とは何かについて考えてみたいと思う。

報道批判の3つの流れ

 まず、いま世間に渦巻いているいわゆる公平論議を整理してみる必要がある。そうすると、大きく3つの流れがあることが見えてくる。

 その第1は、上で触れたまさに「偏向報道批判」としてまとめられるものである。

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筆者

山田健太

山田健太(やまだ・けんた) 専修大学人文・ジャーナリズム学科教授(言論法、ジャーナリズム研究)、日本ペンクラブ専務理事

1959年生まれ。主な著書に「放送法と権力」「見張塔からずっと」(いずれも田畑書店)など。

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