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ドイツー原子力時代の負の遺産との闘い(上)

原子力に依存する日本にとってドイツの取り組みは参考になる

熊谷徹 在独ジャーナリスト

 ドイツ人たちは、2011年の福島事故以降、エネルギー転換の過程の中で、原子力時代の様々な負の遺産にも取り組まざるを得なくなった。原子力に依存し続ける日本社会にとっても、これらの課題は対岸の火事ではない。日本ではあまり報道されていないこれらの問題について、詳しくお伝えしたい。

ミュンヘン郊外のイザー原子力発電所は、2022年末に止められる予定だ(筆者撮影)

拡大ミュンヘン郊外のイザー原子力発電所は、2022年末に止められる予定だ(筆者撮影)

 原発からの廃棄物をどこに捨てるのか?

 あるドイツの物理学者が私に言った。

 「私は原発の廃止に賛成だ。その理由は、原子力発電というテクノロジーが、廃棄物の後始末まできちんと考えずに、長年にわたり使われてきたことだ。原子力発電は、最初から最後まで考え抜かれたテクノロジーではない」

 実際、福島事故が起きる前にも、ドイツ市民の間では原子力発電に対する不信感が強かったが、その理由として、核廃棄物をどう処理するのかが決まっていないことを挙げる人が多かった。

 日本人の間でも、「使用済み核燃料などの原発のゴミをどこに捨てるのか」と不安を訴える人が少なくない。福島県で、放射能で汚染された土が黒いビニール袋に入れられて山のように積み上げられている光景や、福島第一原発の敷地に汚染水を入れたタンクがずらりと並んでいるのを見て、核廃棄物の処理について懸念を抱いている人もいるだろう。ドイツ政府は、放射性廃棄物の最終貯蔵処分施設の建設へ向けて、本格的な作業を始めている。これも、日独間の原子力に対する政策が大きく異なる点だ。

 ドイツ連邦議会と連邦参議院は、2014年4月に「高レベル核廃棄物の貯蔵処分に関する委員会」を発足させた。この委員会の任務は、「最終貯蔵処分場の選定に関する法律」に基づき、原発からの使用済み核燃料など、放射能で著しく汚染された廃棄物を、長期的に貯蔵する場所を選定することだ。

 委員長は、連邦環境省で次官を務めた経験を持つウルズラ・ハイネン・エッサー議員(CDU)と、緑の党に近い反原発派として知られるミヒャエル・ミュラー議員。委員には政界からの連邦議会議員と州議会議員16人と、科学者、宗教関係者、環境団体、産業界の代表16人も参加している。

 この委員会は、まず2015年末までに次の問題について、議会と政府に提言書を提出する。
・最終貯蔵処分場の建設地をどのようにして選ぶべきか?
・最終貯蔵処分場が満たすべき、安全基準は何か?
・放射性廃棄物は永久に貯蔵するべきか、それとも将来放射性廃棄物の新しい処理方法が開発さ  れる場合に備えて、廃棄物を取り出すことができるようにするべきか?

 これまでドイツでは、「最終貯蔵処分場には、岩塩坑が適している」と考えられてきた。しかし中レベル放射性廃棄物が貯蔵されてきたアッセ岩塩坑で、坑内に侵入した地下水のためにドラム缶が腐食し、地下水がセシウム137で汚染されていることが2008年に判明した。このため、委員会は岩塩坑だけでなく、花崗(かこう)岩や粘土の洞窟が最終貯蔵処分場に適しているかどうかについても検討する。

 委員会は2031年ごろまでに最終貯蔵処分場の候補地を決定し、連邦政府と議会関係者に提案する。最終的には連邦議会と連邦参議院が決定する。連邦政府は、全てが計画通りに運べば、2050年ごろには最終貯蔵処分場に高レベル放射性廃棄物の搬入を始める方針だ。

密室で決められた候補地、ゴアレーベン

 この委員会での討議内容の議事録は、ネット上で公開され、誰でも読めるようになっている。高い透明性が確保されている理由は、環境団体や緑の党が「福島事故が起こるまで、高レベル核廃棄物の貯蔵処分場の選定作業は密室の中で決められてきた」と批判したからである。

 1977年に、当時のシュミット政権とニーダーザクセン州政府は、同州東部のゴアレーベンの岩塩坑が、高レベル放射性廃棄物の最終貯蔵処分場に適しているかどうかについて、調査を開始した。当時の西ドイツ連邦政府は、この場所に原発のゴミの捨て場所を作ることについて、事前に住民たちの意見を全く聞かなかった。ゴアレーベンが選ばれた理由については、一切公表されなかったが、ゴアレーベンが東ドイツとの国境に近い「僻地(へきち)」だったために、住民の数が少なかったことや、当時岩塩坑が安定していると考えられたことが背景にあったと見られている。

 さらに1983年には、コール政権が、ゴアレーベン以外の岩塩坑や洞窟では適格性の調査を行わないことを決定。つまりここには、使用済み核燃料の中間貯蔵施設も設置され、ドイツの電力会社が英国やフランスで再処理させた使用済み核燃料も、次々に搬入された。1995年から2011年までにゴアレーベンに持ち込まれた使用済み核燃料の格納容器(キャスク)の数は、113個にのぼった。

 ゴアレーベンの農民らは、政府の一方的な決定に強く反発し、抗議デモを展開した。彼らは、政府が自分たちの了解を得ずに、故郷を原発のゴミ捨て場にしようとしていることを拒絶した。1979年のデモの参加者は、約10万人に達した。

 ゴアレーベンの貯蔵施設に使用済み核燃料が運び込まれるたびに、全国から結集した過激派と警官隊が激しく衝突した。列車が通過できないように、架線を切断したり、線路の下の盛り土を運び去ってしまう者も現れた。「ゴアレーベン」は、市民の意見を聞かずに一方的に原子力政策を強行し、反対勢力を警察力によって排除する国家の姿勢を象徴する言葉となった。

ゴアレーベン白紙撤回

 だが1998年に、ゴアレーベンでの調査に反対していた緑の党が政権に参加すると、状況は一変した。シュレーダー政権の環境大臣に就任した緑の党のトリティンは、ゴアレーベンに関する調査活動を10年間にわたって凍結したのだ。2011年の福島事故後、メルケル政権はそれまで最有力候補地だったゴアレーベンだけにとらわれず、他の候補地も探すという方針を明らかにした。

 この決定は、ゴアレーベンを最終貯蔵処分場にしようとしていた、シュミット政権、コール政権の方針を事実上白紙撤回したものである。現在では、英国とフランスの再処理施設からの使用済み核燃料をゴアレーベンに搬入することも禁止されている。住民が激しく反対したゴアレーベンが、議会の専門委員会によって候補地として選定される可能性は極めて低い。

 だが、将来新しい候補地が選ばれた場合、そこでも住民が激しく反対することは、火を見るよりも明らかだ。人々は高レベル核廃棄物が自宅に近い地下の集積場に捨てられることが、健康や自然環境、不動産価格に及ぼす影響について、強い懸念を表明するに違いない。彼らは違憲訴訟を起こして、最高裁判所に相当する連邦憲法裁判所の法廷にまで、議論を持ち込むだろう。

 このため現在政府と議会は、候補地の選定プロセスを極力透明化している。これは、シュミット政権やコール政権が犯した「密室政治」の過ちを繰り返さずに、市民により多くの情報を提供することによって、市民の不信感を減らすためである。

 ちなみに、ドイツの原子力発電事業者は、ゴアレーベンの白紙撤回に強い不満を表明している。それは、RWE,エーオンなど4社の電力会社が、1977年以来、ゴアレーベンの調査に約15億ユーロ(2100億円・1ユーロ=140円換算)の資金を投じてきたからだ。だが将来ゴアレーベンが候補地でなくなった場合、この金は完全にむだになる。

 しかも、2013年に施行された「最終貯蔵処分場の選定に関する法律」によると、新しい候補地の調査にかかる費用は、原子力発電事業者が負担することになっている。その費用は、20億ユーロ前後に達するものと見られている。電力会社は「ゴアレーベンという有力な候補地があるのに、再び別の候補地を探すことによって、我々が費用を負担させられるのは不当だ」として、連邦政府に対する行政訴訟を起こすことも検討している。

日本での選定作業もガラス張りにすべきだ

 ドイツでは、市民の強い反対によって原子力発電所や高速増殖炉の建設プロジェクトが中止に追い込まれたケースがいくつもある。ゴアレーベンの最終貯蔵処分場プロジェクト挫折も、そうしたケースの一つである。

 地元住民たちの強硬な反対姿勢が、1998年の左派連立政権の誕生、緑の党の政権参加によって、国のエネルギー政策の大きな変更につながったのである。もしも保守派と革新派による二大政党制がこの国で確立されておらず、1998年の政権交代が起きていなかったら、ゴアレーベンは今も最終貯蔵処分場の有力候補地と見なされ、調査が続けられていたかもしれない。このエピソードは、市民の意思をエネルギー政策に反映させる上で、二大政党制が健全に機能すること、そして常に政権交代の可能性があるという緊張感が、いかに重要かを示している。

 日本でも、高レベル核廃棄物の貯蔵処分場がどこに作られるかは、まだ決まっていない。このため使用済み核燃料は、原子力発電所に中間貯蔵されている。中間貯蔵される使用済み核燃料の量は、時間とともに増えていく。

 福島事故では、保管プールに入れた使用済み核燃料を冷却する機能が停電によってストップした場合、使用済み核燃料の温度が上昇して、重大な二次災害を起こす危険があることがわかった。冷却プールの中の使用済み核燃料は、原子炉の圧力容器や格納容器で保護されていない。つまり、建屋が損傷した場合、外部の環境と使用済み核燃料を遮るものがなくなるという問題点がある。

 このため、日本でも高レベル核廃棄物の貯蔵処分場の正式な選定作業を、一刻も早く始める必要がある。その場合、日本政府と国会は、ドイツ政府と議会が現在行っているように、討議と決定のプロセスをガラス張りにして、技術者の意見だけではなく、住民の意思にできるだけ配慮してもらいたい。

 ドイツが最終貯蔵処分場の選定委員会に、宗教関係者という、原子力やエネルギー政策の専門家でない人々をも参加させている事実を、私たちは軽視するべきではない。

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筆者

熊谷徹

熊谷徹(くまがい・とおる) 在独ジャーナリスト

1959年東京生まれ。早稲田大学政経学部卒業後、NHKに入局。ワシントン支局勤務中に、ベルリンの壁崩壊、米ソ首脳会談などを取材。90年からはフリージャーナリストとしてドイツ・ミュンヘン市に在住。過去との対決、統一後のドイツの変化、欧州の政治・経済統合、安全保障問題、エネルギー・環境問題を中心に取材、執筆を続けている。著書に「なぜメルケルは『転向』したのか・ドイツ原子力40年戦争の真実」、「ドイツ中興の祖・ゲアハルト・シュレーダー」(日経BP)、「脱原発を決めたドイツの挑戦」(角川SSC新書)など多数。「ドイツは過去とどう向き合ってきたか」(高文研)で2007年度平和・協同ジャーナリズム奨励賞受賞。
WebSite:http://www.tkumagai.de
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