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[6]20世紀末から活発化した反グローバル運動

緩やかな自発的参加の連なりこそが新しい抗議スタイルー運動そのものがSNS的に

外岡秀俊 ジャーナリスト、北海道大学公共政策大学院研究員、元朝日新聞編集局長

哲学者ジジェク氏の見方

スロベニアの哲学者スラヴォイ・ジジェク氏拡大スロベニアの哲学者スラヴォイ・ジジェク氏

 (前回の続き)こうした「グローバル化」の進行に伴って生まれる現象の最たるものが、「圧倒的な貧富の格差」であり、とりわけ、「若年層の貧困と失業率の高さ」であった、と私は思う。

 私がこう思うに至ったきっかけは、スロベニアの哲学者スラヴォイ・ジジェク氏に対する二度にわたるインタビューだった。

 05年12月、スロベニアの首都リュブリナで会ったジジェク氏は、「資本主義には二つの型がある」と語った。ひとつは、「市場万能」を看板とする米英などの「新自由主義的資本主義」。もうひとつが、中国を代表とする「権威主義的資本主義」である。

 いうまでもなく、ここにいう「新自由主義」は思想的な「リベラリズム」とはまったくかかわりのない経済用語であり、「市場」への介入を極小とする経済体制を指す。

 「権威主義的資本主義」という言葉には、解説が必要かもしれない。中国ではその当時から、「権貴資本主義」という言葉が民間で使われていた。表看板である「社会主義市場経済」というのは、まやかしであり、実態は共産党エリートが主導する特殊な資本主義である、という意味だ。

 社会主義の建前をとる中国では、土地は国有か集団所有であり、住宅には期限のある「使用権」しか認められていない。共産党が一定の土地を指定して、なけなしの補償金を払って農民を追い出し、関連会社がリゾートやマンションを開発して市場価格で売れば、莫大な利益を生むことになる。
いわば、社会主義の建前を利用した土地開発による錬金術であり、公共財を私化する「プライバタイゼーション」の典型ともいえる。

 つまりジジェク氏は、世界が新自由主義という「無節操な自由放任主義」と、権威主義的な「過度の規制による特権階層の富裕化」のいずれかに向かっており、欧州大陸を中心とするその他の国々は、社会的な規制と平等を取り入れた「第三の資本主義の型」を目指すべきだと主張した。

「文化大革命が資本主義の導入に役立った」

 二度目にジジェク氏に会ったのは、08年12月、「リーマン・ショック」で世界が大きく揺れる時期だった。ジジェク氏は、1989年から91年にかけて冷戦が終焉し、中国が改革開放路線に転じたことで、社会主義が終わり、グローバル化を通して「リベラル民主主義」と「新自由主義経済」が結びつくという夢が、世界に広がっていった、という。

 しかし、2001年の9・11同時多発テロをきっかけに「リベラル民主主義」は崩れ、リーマン・ショックによって「新自由主義経済」も行き詰まった。「資本主義は、ポスト冷戦後の理念と哲学を見出さねばならない」というのが、当時のジジェク氏の考えだった。

 その際にジジェク氏は、「アジアや南米の歴史は、経済が発展すれば、開発独裁はやがて民主主義に成熟することを教えた。だが中国は例外かもしれない」と指摘した。「中国は、共産党支配にもかかわらず資本主義化したのではなく、共産党支配がゆえに資本主義化に成功したのかもしれない」からだ。ジジェク氏はまた、1960年代の「文化大革命」が封建主義の残滓を一掃し、むき出しの資本主義の導入に役立ったという逆説を指摘していた。

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筆者

外岡秀俊

外岡秀俊(そとおか・ひでとし) ジャーナリスト、北海道大学公共政策大学院研究員、元朝日新聞編集局長

1953年生まれ。東京大学法学部卒。朝日新聞入社後はニューヨーク特派員、欧州総局長などを経て2006年から07年にかけてゼネラルエディター兼東京編集局長。11年3月に早期退社。著書に『地震と社会』(上・下、みすず書房)、『震災と原発 国家の過ち』(朝日新書)、『3・11 複合被災』(岩波新書)など。中原清一郎名義で小説『未だ王化に染はず』(小学館文庫)、『ドラゴン・オプション』(小学館)、『カノン』(河出書房新社)がある。

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