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 2011年の「アラブの春」によって、リビアでは内戦の末にカダフィ独裁体制が倒れた。まず東の主要都市ベンガジで反政府デモが起こり、3月中旬にはほぼ反体制派がベンガジを解放した。

 だが、カダフィがいた西のトリポリは簡単には崩れなかった。8月下旬、反体制派のトリポリ大攻勢が始まり、あっという間に制圧、カダフィ体制は崩壊した。

 内戦はその後、中部に移り、最後は10月下旬にカダフィが反政府勢力に拘束され、殺害された。

リビアのムスリム同胞団関係者を取材する

 私は翌年2012年6月に東京を出発して、リビアで革命後初めてとなる憲法制定議会選挙の取材に入った。この時、カダフィ体制下で秘密活動をしていたリビアのムスリム同胞団関係者の取材もしようと思っていた。

 カダフィ体制は社会のどこにでも秘密警察の協力者が潜んでいるような監視社会であり、同胞団は何回かの大規模な弾圧によって根絶されたとも言われ、その実態は表に出ていなかった。

 革命後、リビアのムスリム同胞団は「公正建設党」という政党を結成し、選挙運動に参加していた。その関係者を通じて、2011年2月にトリポリで反政府デモが始まった時の同胞団の役割を知るために、かつての指導部にインタビューをすることになった。

 トリポリのホテルで同胞団のメンバーに会い、西に向かう幹線道路を車で20キロほど走った。そのまま農道に入ってしばらく行くと、広大な農場の中にある一軒家に着いた。同胞団のメンバーは「2011年2月4日朝、指導部メンバー8人が極秘に集まって会議を開いた場所だ」と言った。

 リビアの西隣のチュニジアでは1月中旬に政権が倒れ、東隣のエジプトでも1月下旬にデモが始まっていた。この時の会合では「次はリビアだ」ということで意見が一致し、「リビアでデモが始まったら参加する」と決めた。

 リビアのムスリム同胞団は、本家エジプトの同胞団の理念や活動方針を受け入れて、1949年に創設された。同胞団はイスラム的な理念に基づく貧困救済や教育活動などの社会運動を通じて、社会に働きかけることを運動理念として掲げている。しかし、69年に始まるカダフィ体制では、厳しい弾圧を受け、組織を維持するだけで、社会活動は出来なかったという。

 同胞団にとって最大の危機は、1998年6月に幹部約250人が一斉逮捕されて、壊滅的な打撃を受けたことだ。その時に、100人以上が陸路または海路で、国外に逃走したという。

 この大規模摘発は、国際的にはニュースにもなっていない。リビア国内の同胞団の実態すら、イスラムの研究者に全く知られていなかったわけだから、200人もの幹部が摘発されたこと自体、驚きだ。

 しかし、さらに驚くべきことは、 ・・・ログインして読む
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筆者

川上泰徳

川上泰徳(かわかみ・やすのり) 中東ジャーナリスト

長崎県生まれ。1981年、朝日新聞入社。学芸部を経て、エルサレム支局長、中東アフリカ総局長、編集委員、論説委員、機動特派員などを歴任。2014年秋、2度目の中東アフリカ総局長を終え、2015年1月に退職し、フリーのジャーナリストに。元Asahi中東マガジン編集人。2002年、中東報道でボーン・上田記念国際記者賞受賞。著書に『シャティーラの記憶――パレスチナ難民キャンプの70年』(岩波書店)、『イラク零年――朝日新聞特派員の報告』(朝日新聞社)、『現地発 エジプト革命――中東民主化のゆくえ』(岩波ブックレット)、『イスラムを生きる人びと――伝統と「革命」のあいだで』(岩波書店)、『中東の現場を歩く――激動20年の取材のディテール』(合同出版)、『「イスラム国」はテロの元凶ではない――グローバル・ジハードという幻想』(集英社新書)など。

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