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安保法制反対運動をワシントンから再考する

国際政治学の専門家からは期待の声が上がっている

芦澤久仁子 アメリカン大学講師(国際関係論)及びジャパンプログラムコーディネーター

 安全保障関連法(安保法)成立から、はや半年。SEALDsを中心に去年の日本政治を彩った安保法案反対運動は、新たなステージに入っている。去年の暮れから、ReDEMOS(リデモス)、市民連合、民間立憲臨調、といったSEALDsのメンバーや有識者達による新しい組織が次々と立ち上がり、一時静かになっていた路上デモも先月から、それぞれの団体が再開。彼らの共通目標は、夏の参院選で安倍政権を弱体化し、安保法廃止、憲法改正阻止、立憲政治の復活である。

安保法反対運動、意味ない?

国会前で安保関連法案に反対の声をあげる人たち=2015年9月18日拡大国会前で安保関連法案に反対の声をあげる人たち=2015年9月18日

 でも、このような動きを聞いても「実際、意味があるのか」と思う人が多いのではないだろうか。

 というのも、あれだけ話題になった抗議デモにも関わらず、結局、安保法は成立。当時は30%まで低下した内閣支持率もその後は復活して40%台を保ち、野党共闘の動きはようやく出て来たが、全体的には依然として自民党の優勢が続いている。

 さらに国際テロ問題の深刻化、北朝鮮の核•ミサイル実験などを受けて、国家安全保障体制の強化を求める声は勢いを増すばかり。

 これでは、今後の安保法反対運動に対して、いかんせん懐疑的になってしまうが、逆にそうだからこそ、この運動の意義を、今の時点でもう一度考えることが必要かと思う。そこで、ここでは、いつもの憲法学者や平和主義者の観点ではなく(すでに十分話されているので)、国際政治学者による安保法反対運動の評価—応援意見—を紹介したい。

ちょっと偏りすぎていないか

 国際政治学と言うと、少し意外に思われるであろう。何と言っても、「学者は憲法学者だけではない」、と国会発言して話題となった同志社大学の村田晃嗣教授のように、去年の安保法案をめぐる議論で、安倍政権の実質的代弁者の役をしたのが国際政治学者・専門家達。表立って安保法制に疑問を呈した学者は本当にわずかで、全体的には、法案賛成・推進派で、安保法反対運動に対しては冷ややか、という印象が強かった。

 筆者は、現在、アメリカの大学で国際政治学のコースを教えているのだが、こちらから見ていて、「これはちょっと偏りすぎている」というのが正直な感想だった。なぜなら、国際政治学(ちなみに、欧米では「国際関係論」と呼ばれている)を専門とする立場からでも、今回の安保法案の問題点を見つけることは出来るし、さらには、市民行動による安保法反対運動に意義を見いだすことも出来るからだ。ただ、そういった見方が、残念ながら、去年の議論に登場しなかったのである。

 では、一体、どんな見方なのだろうか? 比較のために、まず、賛成の立場をとった国際政治学者の見方に触れる。

 賛成派の主張は「世界におけるアメリカの相対的国力が低下し、日本の安全保障環境が急速に変化する中、台頭する中国やその他の脅威に対応するためには、『抑止力』を高めることが必要。そのために、限定的な集団自衛権の行使を可能にして、日米同盟を強化すべき」というものだった。

 この考え方の中心にあるのが「抑止」理論。相手国の攻撃に耐え、さらにそれに上回る反撃力を保持すれば、相手国がこちらを攻撃する意思を挫(くじ)くので、結果、自国の安全を保てる、という理論で、政府関係者もさんざん繰り返した主張である。

抑止論の欠陥は国際政治学者も知っている

 この抑止理論はまさに、国際政治学の中で作られた理論であるが、同時に、この抑止理論を問題視する国際政治学者は、数多く存在する(筆者もその一人)。

 彼らが問題とするのは、ある国Aが、敵対国Bからの脅威を感じて、抑止力向上のために軍事力を増加すると、B国がそれに対する抑止力強化のために軍備を増強。すると、A国は、それに対抗して、さらなる軍備増強し、結果、抑止の名のもとに、軍備拡張競争が延々と続く、という悪循環のことである。

 この「安全保障のジレンマ」と呼ばれる状態が続けば、軍備増強による経済負担が重くなるばかりで、ある時点で自国経済は限界を迎える(もちろん、相手国が先に自滅してくれれば良いが、その確証は無い)。さらには、軍拡競争は、偶発的な軍事紛争の勃発、そして戦争へと拡大する可能性を高める。第1次世界大戦の要因となった独仏の軍拡競争が典型的な例である。

 つまり、軍事的抑止力を高めて自国の安全を保つという考え方は、短期的には確かに有効かもしれないが、長期的には、かえって安全保障の低下におちいる可能性が高い戦略なのである。この視点に立てば、抑止戦略遂行のために作られた安保法が、安全保障上の根本的な問題を抱えている、ということになる。

抑止に頼らない安全保障政策はあるか

 この抑止の矛盾点については、去年の安保法案議論で、反対論者達がときおり触れていたので、そう目新しくもないであろう。

 しかしここで重要なのは、この抑止の矛盾に注目した国際政治学者達が、単なる批判に留まらず、抑止戦略に頼らない、もっと長期的な安全保障強化の方策を、国際政治学の観点から模索してきたことである。

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筆者

芦澤久仁子

芦澤久仁子(あしざわ・くにこ) アメリカン大学講師(国際関係論)及びジャパンプログラムコーディネーター

ワシントンDC在住。東京生まれ。慶応大学経済学部卒業。テレビ東京勤務後(ニュース番組制作等担当)渡米。2005年にタフツ大学フレッチャー法律外交大学院博士課程(国際関係論)を終了し、英国オックスフォードブルックス大学(准教授)を経て2012年から現職。また、米国ウッドローウイルソン国際学術センター、東西センター、ライシャワー東アジア研究所に招聘研究員として滞在。主な研究分野は日本外交、日米関係、アジア地域機構、グローバルガバナンス。研究論文は、International Studies Review, Pacific Review, Journal of Peacebuilding and Development等の英文学術誌および編著本に多数発表。著書、Japan, the U.S. and Regional Institution-Building in the New Asia: When Identity Matter (Palgrave McMillan)が、2015年度大平正芳記念賞を受賞。

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