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米国政府 vs. アップル 何が問題か

米国議会は法的な穴を埋める立法を検討すべきだ

土屋大洋 慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科教授

 一企業の方針に国連人権高等弁務官までもが懸念を表明する事態になった。テロ容疑者が使っていたアップル社のiPhoneのロック解除をめぐる問題で、国連のザイド・フセイン人権高等弁務官が「全世界の人々の人権に悪影響を与える可能性があるため、米当局は法手続きを慎重に進めるように求める」との声明を出したという。

 この問題の発端は、米国カリフォルニア州サンバーナディノで2015年12月に14人が、「イスラム国」の影響を受けたとみられる夫婦によって殺害されたことにある。米国政府はこの事件をテロとしているが、夫婦の背後関係がはっきりせず、夫婦が使っていたiPhoneの中身を精査しようとした。ところが、iPhoneにはロックがかかっており、10回以上パスコードをまちがえると中身が消去される設定になっていた。

スノーデン事件が一つのきっかけに

 なぜアップルはこのような設定を可能にしているのか。2013年6月に現れたエドワード・スノーデンをめぐる問題が一つのきっかけになっている。スノーデンは民間企業に所属しながら米国政府の国家安全保障局(NSA)の業務を手伝っていた。彼は業務の間にNSAのトップシークレット文書をダウンロードし、持ち出してジャーナリストに渡してしまった。文書は、アップルを含む複数の米国のIT企業がNSAに協力しており、顧客情報を渡していたことを示していた。

土屋大洋氏の原稿につくP拡大アップルストアの前で「ロック解除は世界の人権問題になる」と訴える電子フロンティア財団のシャヒード・バター氏=サンフランシスコ
 さらにスノーデンは、iPhoneは電源を落としていても当局が場所を追跡し、密かに機能をオンにできるとも示唆した。iPhoneに本当にNSAがリモート操作できるプログラムが組み込まれていればそれも可能だろうが、すべての端末で可能かどうかは定かではない。

 それはそれとして、2012年12月から2013年5月にかけてアップルは米国政府から4000〜5000件の情報提供を求められ、それに応じてきたとしている。そうした官民の協力関係は、2013年6月にスノーデンが現れたことで厳しく問われることになった。

 さらに2014年9月には、米国の芸能人たちが使っていたiPhoneからプライベートな写真が流出する事件も起きた。アップルに技術的な非はなかったものの、サイバー攻撃を受ければプライベートな情報が流出する可能性があるという印象を利用者に植え付けた。

ブランドイメージの回復狙うアップル

 アップルは、これらの事件で傷ついた会社とiPhoneのブランドイメージを回復させようとしているのだとも考えられている。iPhoneの売り上げは米国ばかりではない。世界中で販売されており、アップルの売り上げの6割程度がiPhoneによるものだと見られている。かつての社名は「アップル・コンピュータ」だったが、すでに「コンピュータ」を落として単に「アップル」になっており、コンピュータに依存しないビジネスに転換している。iPhoneは主力商品として重要である。その製品を米国政府が勝手にロック解除できる可能性があると分かれば、米国だけでなく世界中の市場で売り上げを失ってしまう可能性がある。

 アップルからすれば、米国政府の要求に応じてしまえば、米国政府だけでなく、各国政府が同じことをアップルに求めてくることになるだろう。それが「悪しき前例」になるとアップルのティム・クックCEOは言っている。

 しかし、サンバーナディノの事件だけに目を奪われていると、この問題の全体像がわかりにくくなる。これは大きな問題の一部でしかなく、昔からの問題の継続であるとともに、変質でもある。

続く政府と市民の暗合戦争

 第一に、これはデジタル暗号が登場してきて以来ずっと続いている政府と市民の暗号戦争の継続である。1990年代にインターネットが普及し始めると、米国のクリントン政権(つまるところNSA)は、一般の人々がインターネットで強力な暗号を利用しないように画策した。特に公開暗号鍵方式が発明されたことによって、秘密の通信をインターネットでも行えるようになった。米国政府は、暗号を復号するための鍵を持てるようにしたり、強力な暗号ソフトウェアを米国外に輸出できないようにしたりする規制を求めた。規制の実効性が疑われるとともに、NSAの能力向上もあって規制は撤廃されたが、表現の自由とプライバシーの保護のために強力な暗号を使うことは市民の権利として議論されてきた。今回の問題はそうした問題の延長線上にある。だからこそフェイスブックのマーク・ザッカーバーグCEOは「暗号化は重要なツールだ」と指摘している。

 しかし第二に、通信サービスと端末は

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筆者

土屋大洋

土屋大洋(つちや・もとひろ) 慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科教授

国際大学グローバル・コミュニケーション・センター(GLOCOM)主任研究員などを経て、2011年4月から現職。専門は国際関係論、情報社会論、公共政策論。主な著書に『サイバー・テロ 日米vs.中国』(文春新書、2012年)、『サイバーセキュリティと国際政治』(千倉書房、2015年)など。

※プロフィールは、論座に執筆した当時のものです