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ポーランドの民主主義が揺らいでいる

ポーランド政府の司法・メディア抑制に対し、ヨーロッパからは怒りの声が上がっている

熊谷徹 在独ジャーナリスト

 私は欧州に26年前から住んでいる。1989年の夏、まだベルリンの壁が東西を分断していた時に、NHKスペシャルを制作するために、ポーランドで長期取材を行ったことがある。多くのポーランド人たちと語る中で、彼らが長年にわたるソ連の抑圧にもかかわらず、反骨精神と自由への渇望を失っていないことを強く感じた。

 それだけに、しばらくして鉄のカーテンが崩壊し、ポーランドが欧州連合(EU)に加わり、共産主義陣営の頚木(くびき)から解き放たれたのを見た時には、我がことのように嬉しかった。

東独政府は新たに西ベルリンへの通過地点を増やすと発表、東ベルリンのエーバースワルダー通りなど2カ所で「ベルリンの壁」の一部を取り壊し始めた=1989年11月、東ベルリン
拡大東独政府は新たに西ベルリンへの通過地点を増やすと発表、東ベルリンのエーバースワルダー通りなど2カ所で「ベルリンの壁」の一部を取り壊し始めた=1989年11月、東ベルリン

憲法裁判所の独立性を制限

3月12日に1万人の市民が参加してワルシャワで行われた、政府に対する抗議デモを伝えるドイツのニュース週刊誌「シュピーゲル」電子版の画面拡大3月12日に1万人の市民が参加してワルシャワで行われた、政府に対する抗議デモを伝えるドイツのニュース週刊誌「シュピーゲル」電子版の画面

 だが今ポーランドは急速に変質し、社会に深い溝が刻まれつつある。私は現在のポーランド情勢について深い懸念を抱いている。ヤロスワフ・カチンスキが率いる保守政党「法と正義(PiS)」が去年10月の選挙で第一党となって以来、政府が民主主義を弱体化させる措置を矢継ぎ早に導入しているからだ。

 「憲法を元に戻せ!」

 今年3月12日、ポーランド国旗を掲げた市民ら1万人が、ワルシャワで政府に抗議するデモを繰り広げた。抗議デモは、ポズナニやヴロツワフなどの地方都市でも行われた。

 現在ポーランドではアンジェイ・ドゥダ大統領、ベアタ・シドゥウォ首相ともPiSの党員。同党は、議会の上院・下院で単独過半数を確保している。保守派による単独支配体制だ。

 シドゥウォ政権がまず標的としたのは、憲法裁判所である。ヨーロッパの国の中には、違憲訴訟だけを扱う憲法裁判所を持つ国がある。この裁判所が「違憲」と判断したら、政府も従わざるを得ない。その意味では、政府にとって目の上の瘤(こぶ)である。

 そこでシドゥウォ政権は、去年12月22日に憲法裁判所の権限を大幅に制限する法案を、議会で可決させた。

 政府はこの法案によって、憲法裁判所が判決を下すために必要な裁判官の数を、9人から13人に増やした。さらに、これまで憲法裁の判決は、審理に加わった裁判官の過半数が支持すれば法的に有効だったが、新しい法案によると、3分の2の賛成が必要となった。

 さらにこれまで憲法裁は、重要度が高い訴訟を優先的に審理することを許されていたが、シドゥウォ政権は法律によってこれを禁じた。つまり裁判官たちは、訴状が提出された順番に従って審理しなくてはならなくなった。

 今年3月9日に、憲法裁は「この法律は憲法違反であり、無効」という決定を下した。しかしシドゥウォ政権は、「憲法裁の決定は、新しい法律に照らして法的拘束力を持たない」として、憲法裁の決定を官報に公示することを拒否した。

欧州委員会も厳しく批判

 シドゥウォ政権の決定については、ポーランド国内で民主主義を重視する勢力から「政府は、民主主義の原則から完全に離反した。今回の司法改革は、政府が三権分立を廃止しようとするものであり、一種のクーデターだ」という声が上がっている。

 同国の市民団体「民主主義のための委員会」は、「シドゥウォ政権は、民主主義を多数派による少数派に対する支配と誤解している」と批判している。

 また欧州連合(EU)の幹部や隣国ドイツからも批判が高まった。

 EUの政府に相当する欧州委員会は事態を重く見て、ポーランドの法治主義の有効性について調査を開始。この手続きは、「法治主義メカニズム」と呼ばれる。欧州委員会が、加盟国に対して法治主義を復活させるよう要求しても加盟国が従わない場合、欧州委員会は、その国からEUの様々な会議での議決権を剥奪することができる。欧州委員会が、加盟国について「法治主義メカニズム」に基づく調査を始めたのは、EU創設以来初めてのことだ。

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筆者

熊谷徹

熊谷徹(くまがい・とおる) 在独ジャーナリスト

1959年東京生まれ。早稲田大学政経学部卒業後、NHKに入局。ワシントン支局勤務中に、ベルリンの壁崩壊、米ソ首脳会談などを取材。90年からはフリージャーナリストとしてドイツ・ミュンヘン市に在住。過去との対決、統一後のドイツの変化、欧州の政治・経済統合、安全保障問題、エネルギー・環境問題を中心に取材、執筆を続けている。著書に「なぜメルケルは『転向』したのか・ドイツ原子力40年戦争の真実」、「ドイツ中興の祖・ゲアハルト・シュレーダー」(日経BP)、「脱原発を決めたドイツの挑戦」(角川SSC新書)など多数。「ドイツは過去とどう向き合ってきたか」(高文研)で2007年度平和・協同ジャーナリズム奨励賞受賞。
WebSite:http://www.tkumagai.de
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Twitter:https://twitter.com/ToruKumagai

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