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[2]グローバル経済下での安全保障

アメリカが日本に求める「イギリスのようになれ」

中野晃一 上智大学国際教養学部教授・政治学(日本政治、比較政治、政治思想)

注)この立憲デモクラシー講座の原稿は、1月8日に早稲田大学で行われたものをベースに、講演者が加筆修正したものです。

立憲デモクラシーの会ホームページ

http://constitutionaldemocracyjapan.tumblr.com/

中野晃一教授拡大中野晃一教授
 ここで一つ明らかになってくるのはどういうことかというと、先ほど申し上げたように、東西冷戦のときは、資本主義陣営、あるいは自由主義陣営という言い方もされましたが、それと共産主義陣営というものがあったわけです。しかし、その後の世界においては、グローバル資本主義、グローバル経済というものがあって、その中における安全保障が、全く違うものになっていく様相を呈しているわけですね。それまでであれば、東西の中で、それぞれ囲碁の陣地合戦じゃないですけれども、アメリカが取るのか、ソ連が取るのかということで、アジア、アフリカの隅々のところで、資源がない、人がいないようなところでも、どっちが押さえるのかということで競争していたわけです。

 また、例えば政府はアメリカが軍事独裁政権を下支えしている。それに対して共産ゲリラというのが、反政府軍をやっていて、そっちはソ連がバックアップしているというようなことが、アジアであるとか、ラテンアメリカであるとか、いろいろなところであったわけです。

 そういう構図が繰り返されていったことに比べて、グローバル資本主義、グローバル化の世界の中で、安全保障というものはどうなっていくのか、どういうことがゲームとして新しく展開されていくことになっていくかというと、全く違ったものになってきているということが言えるんだと思うんです。

分割されたイラク

 それは何かと言うと、持続的な形で、例えばアメリカが、まあイラクなんかいい例なんですけれども、イラク戦争についてはいろいろ反対があったり、違法性が指摘されたりしながらも、イラクを民主化するんだということを言ったわけですけれども、イラクは民主化されたかというと、されていないわけですね。それどころかイラクという国が、その国家として本当に一体性を持っているかというと、実際にはもう分割されてしまっている状態であるということです。

 とてもじゃないけれども主権国家、いや主権国家じゃなくても、国として一体としてイラクが今後、長期的に存続できる見通しが立っているかというと、全く立っていないわけですね。はっきり言ってしまえば、アメリカにその関心はないわけです。当時はイラクをアメリカが民主化するというのは、日本が第2次世界大戦でアメリカに負けて、占領統治されて、民主化された、ああいったような形でイラクを民主化するんだ、日本の事例を研究してみようみたいな議論もあったわけですね。ところが日本の場合は、冷戦もありましたから、日本を支えて、日本の経済を独り立ちできるようにして、核も含めて、軍事的に守って、日本を育てようというようなことがあったわけですけれども、いまのアメリカにはそういうのはないわけです。

さん奪さえできればいい

 どういうことかというと、持続可能な形で経済を回したり、社会を回したりするという関心が、統治層にはもはやない状況になっているわけですよ。そこまでする必要がない。さん奪できればいい、収奪できればいい、もらえるものだけもらって、あとは野となれ山となれ。そうするとアルカイダだとかIS(過激派組織「イスラム国」)みたいなものがはびこってくるという、そういう構造になっているわけです。

 要はグローバル経済の中で、グローバル企業があちこちに行って、かなりさん奪的、収奪的な手法でもうけを確保しようとすると。そのために軍隊を動かすんだけれども、その後、国家をつくったり、政府をつくったり、統治機構をつくって、人々が暮らせるような、そういったような持続可能なシステムをつくるかというと、そこには関心がないわけです。

 取れるだけ取って、あとはいなくなって、また何か起きたら軍隊を派遣してというような形になっている。それが安全保障ということになってきていて。それで考えると集団的自衛権を日本が行使するということは、アメリカにとってやっぱりとても大事なことなわけですね。要はアメリカが選んで、ここで「お前もショバ代を払え」と、言葉は悪いんですけれども、「日本企業ももうけているじゃないか」と。それを考えたときに、「ここで俺らがやるんだから、お前もついて来て、一緒にやれ」ということがロジックになってきているから、専守防衛なんかであるはずがないわけですね。

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 個別的自衛権と集団的自衛権がはっきり違うというのはもちろん当たり前のことなんですけれども、日本がそもそも直接は侵害を受けていない、そういった中で、他国間の戦争、もっと平たく言ってしまえば、アメリカの選んだ戦争に日本がつき合っていくということ、それが必要だと、それがなきゃダメなんだっていうことを言っていることの背景には、そのようなグローバル経済の中での新しい安全保障の考え方があるということになろうかと思います。

アメリカからの圧力

 日本の側からすると、それをはっきり言っちゃいますと、なかなか受けが悪いですから。アメリカでも死人が出る戦争は実際受けが悪いから、ドローンを使ったり、空爆とかは熱心にやるわけですけれども、しかし米兵が死ぬということになってくると、これ以上、国旗にくるまれて戻ってくる死体が増えるというのは、やっぱりよろしくないわけですね。選挙で勝てなくなってしまうと。そういうことがありますから、できるだけやりたくない。やる場合にはじゃあ、日本が行ってくれるんだったら、それは非常にありがたいということになってくるわけですね。その中で集団的自衛権というのは、やってくれないと困るという話が出てきている。「そうしないと守ってあげないよ。そうしないと置き去りにするよ」というふうに言われて、「いや、それは困る」ということで、すがっているという状況があるんだと思います。

 だから今回の集団的自衛権の行使容認に関しても、日本がアメリカ、世界に対して言っていることと、国内で言っていることというのが、だいぶ違うのはそこにあるわけです。国内的には、あたかも専守防衛の延長線上、いや、それどころか専守防衛そのものであるというようなことを言っているわけです。いまや、国の安全っていうのは一国では守れないんだと。わかったような、わからないような話なんですが。要は日本が攻撃されていないのに、南シナ海に出かけて行って、まるでケンカを買いに行っているかのような行動に参加することが日本の安全を高めるということにどうつながるのか、ロジカルにはわからない話なんです。ただそういうことを言わないと、日本の中では受けない。「危ない」、北朝鮮がいる、尖閣が危ないということをあおって、説得するしかないわけですね。

アメリカは日本のために血を流さない

 ただアメリカ側からすると、じゃあこれによって例えば尖閣を守るということに対して、アメリカはよりコミットするかと言ったら、リップサービスとして、大統領レベルで日米安保条約によって日本が管轄している尖閣もカバーされていると口では言うわけですけれども、実際のところ、例えば何かが起きたときに、アメリカがこれで実際に派遣する、要は血を流すようになったら、アメリカも血を流してくれる、そういう浪花節的なものが通用するかと言ったら、そういうのが通用しないのがアメリカなわけです。

 それはビジネスでもそうなわけですから、人が死ぬということになる軍事だと余計そうなわけです。もっと言ってしまえば、アメリカというのはいまに至る軍事超大国なわけですね。世界に類例を見ない軍事国家なわけです。そこまでして何でそんなことをしているかと言ったら、それはアメリカは他国の戦争に引きずられないで、自分が戦争したいときに自分がしたい戦争を大義名分があろうとなかろうとやる、というのがアメリカの軍事政策なわけです。そのためにあれだけお金を使っているわけです。なのに、じゃあ日本がかわいそうだから、アメリカが来る可能性が高まったかと言ったら、そんなことはあるわけがないわけですよ。

 ましてやそのときに仮想敵国的にイメージしているのが中国であれば、日本と並ぶ債権国なわけですね。アメリカにとっては。貿易パートナーとしても極めて重要なわけです。そういう中国とのいざこざが、いざ起きたときに、無条件で、じゃあこれで早く入ってくれるようになったかと言ったら、そんなことがあるわけがないわけですね。他国に引きずられないのが超大国が超大国たるゆえんなわけです。

 そういう中で、しかしあたかもそういう幻想が振りまかれて、それによって日本が安全になるんだという理屈で、今回推し進められてしまった。しかしアメリカが期待しているところは、もうアーミテージ報告以来明らかなことで、「イギリスのようになれ」ということで、あっちに行くとなったら「ついて来い」と、こっちへ行くとなったら「ついて来い」と言える国になるっていうことを期待しているというのが明らかなわけです。

オキュパイ運動

 グローバルな寡頭支配については、日本においてもそうなのですが、ある意味それ以上にアメリカにおいて、例えばオキュパイ運動が起きたというのは、それはもちろん偶然ではないわけです。オキュパイ運動とは、2011年の9月から、グローバル資本の総本山、アメリカのウォール街において「1パーセント対99パーセント」(上位1%の富裕層が富を所有している)ということが言われて、そのとき「99%は我々だ」というふうに言って立ち上がって運動を起こした人たちが、いま、バーニー・サンダースという民主社会主義者を自称する極めて珍しいアメリカの政治家を支持していて、その人気につながっているという状況があります。

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筆者

中野晃一

中野晃一(なかの・こういち) 上智大学国際教養学部教授・政治学(日本政治、比較政治、政治思想)

東京大学(哲学)および英国オックスフォード大学(哲学・政治学)の両校を卒業ののち、米国プリンストン大学にて政治学の修士号および博士号を取得。主著『右傾化する日本政治』(岩波新書)、『戦後日本の国家保守主義―内務・自治官僚の軌跡』(岩波書店)、共著に『いまこそ民主主義の再生を!新しい政治参加への希望』(岩波ブックレット)、『ヤスクニとむきあう』(めこん)など、日本再建イニシアティブ著『民主党政権失敗の検証 日本政治は何を活かすか』(中公新書)および『「戦後保守」は終わったのか 自民党政治の危機』(角川新書)でプロジェクト座長。

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