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なぜ防げなかったのか ブリュッセル連続テロ

テロを防ぐ壁はいくつかの面でほころびを見せていた

国末憲人 朝日新聞論説委員、青山学院大学仏文科非常勤講師

 欧州連合(EU)の主要機関や北大西洋条約機構(NATO)の本部が位置し、「欧州の首都」の機能を担うブリュッセルでのテロは、30人以上の犠牲者と約270人の負傷者という数字にとどまらない衝撃を残した。

 昨年11月にパリで起きた同時多発テロ以来、その容疑者グループが拠点としていたブリュッセルでは厳戒態勢が敷かれていたはずである。それなのに、なぜテロは防げなかったのか。
容疑者像も少しずつ明らかになってきた現在、テロ対策の面でベルギーや欧州が抱える問題点を考えてみた。

 「モランベキスタン」の闇

ブリュッセルの路上に設けられた追悼の場で3月23日、連続テロの犠牲者を悼む女性と子ども拡大ブリュッセルの路上に設けられた追悼の場で3月23日、連続テロの犠牲者を悼む女性と子ども

 今回のテロ実行グループとパリ同時多発テロのグループとの密接な結びつきは、時間が経つにつれて動かしがたいものとなってきた。

 パリの容疑者として指名手配された後に拘束されたサラ・アブデスラムは、地下鉄で自爆したカリド・エルバクラウイのアパルトマンに一時潜伏していた。このことからも、双方のテロを実行した二つのグループの間が連絡を取っていたと見るより、もともと一つのネットワークだったと考えるのが自然だろう。

ブリュッセル西武モランベーク地区中心部は警備が強化され、軍用車が配備されていた=3月23日拡大ブリュッセル西武モランベーク地区中心部は警備が強化され、軍用車が配備されていた=3月23日

 双方のテロにかかわった若者の多くが生まれ育ったのは、ブリュッセル西郊の移民地区モランベークである。人口は10万弱で、戦後工場労働者としてモロッコなどから来た移民やその子孫を中心とするイスラム教徒が約半数を占める。地区によっては、その数が8割に達する。

 筆者は昨秋のパリのテロ直後にこの地区を訪れた。一部のメディアはここがまるで無法地帯であるかのように報じているが、まる1日歩き回った限りで危険を感じたことはなかった。

サラ・アブデスラムが兄とともに経営していたモランベークのカフェ拡大サラ・アブデスラムが兄とともに経営していたモランベークのカフェ

  欧州の都市の中でもブリュッセルは一般的に治安が悪く、特に北駅周辺などは昼間歩くのもはばかられる雰囲気だが、それに比べるとモランベークはごく普通の下町の印象だ。低所得層が厚いのは確かだが、一方で移民がもたらす多様な文化を好む左派インテリも、多くがこの地区に居を構えていると聞いた。

 ここの問題はむしろ、一見普通に見えるのに過激派やテロリストが隠れているところにある。

 サラ・アブデスラムが最終的に18日に拘束されたカトルヴァン街は、当局の監視と捜査が続くモランベーク地区で、実家から徒歩10分に過ぎない場所だった。「欧州一のお尋ね者」と言われた彼をかくまえる地下ネットワークが生きていたからといえる。それは、一朝一夕では生まれない。何年もかけて構築され、逆に見ると当局は何年も見逃し続けてきた。かつて過激派モスクが林立したロンドンを「ロンドニスタン」と呼ぶ人がいたのと同様に、この街が「モランベキスタン」と呼ばれるゆえんである。

 筆者は2002年にもこの一帯を歩いたことがある。当時は9・11米同時多発テロの後で、各国のイスラム過激派の現状を取材しようと、隣接する地区にあった「サントル・イスラミック・ベルジュ」(CIB)を訪ねたのだった。CIBはテロ組織「アルカイダ」を公然と支持し、義勇兵や自爆志願者を現地に送り込んでいた。

 おそるおそる1人で室内に入り、代表に話を聴いた。拉致でもされないかとびくびくしたが、実際には丁寧な応対で、怖いことは何も起きなかった。ただ、当時の代表は穏やかな口調ながら「米帝国主義」を非難し、「アルカイダ」の指導者オサマ・ビンラディンを支持し、「イスラムを守る戦いは『聖戦』だ」と自らを正当化した。

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筆者

国末憲人

国末憲人(くにすえ・のりと) 朝日新聞論説委員、青山学院大学仏文科非常勤講師

1963年岡山県生まれ。87年パリ第2大学新聞研究所を中退し朝日新聞社に入社。パリ支局員、パリ支局長、GLOBE副編集長を経て論説委員(国際社説担当)。著書に『自爆テロリストの正体』『サルコジ マーケティングで政治を変えた大統領』『ミシュラン 三つ星と世界戦略』(いずれも新潮社)、『ポピュリズムに蝕まれるフランス』『イラク戦争の深淵』『巨大「実験国家」EUは生き残れるのか?』(いずれも草思社)、『ユネスコ「無形文化遺産」』(平凡社)など。

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