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注)この立憲デモクラシー講座の原稿は、1月8日に早稲田大学で行われたものをベースに、講演者が加筆修正したものです。

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中野晃一教授拡大中野晃一教授

我々の納得が得られない

 もう一つ明文改憲に向かわざるを得ない理由は何かというと、それは我々がいるからです。我々が納得していないからです。我々が反対しているからです。訴訟が起きるし、これからまた実際にこの法律を使おうとしたならば、抗議行動がまた燃え上がる。そうなってくると、えらく困っちゃうと。で、何が困るかって、安全保障の政策上も著しく困るわけですよ。

 というのは安倍総理は、「抑止力」という言葉が大好きなわけですね。あまり頭の強い人じゃないから、「抑止力」というわかりにくい言葉に憧れるんだと思うのです。すごく好きなんですよ。だけれども、抑止力って、じゃあ何なのかと。それは「軍事力」とか「武力」とかもっと普通の言葉と何が違うのかって言ったら、違うわけですね。だからわざわざ学者などは、小難しい「抑止力」なんていうわからない言葉を使うわけです。

抑止力と軍事力の違い

 しかし安倍さんはどうもそれがわかってない。どういうことかと言うと、軍事力、武力というのは、まあそのままの意味なわけです。で、彼はそれを強くしたいわけですね、本当は。だけれども、じゃあ抑止力って、軍事力と何が違うのか。「抑止」というのは仮想敵としている、要はライバルとして考えている、敵として考えているところから見て、「抑止」が働くかどうかなわけなんです。要は「こういうことしたら、こういう目にあうぞ」というのが相手に伝わるのが「抑止」なわけですね。それが伝わらないと意味がない。

 イラクのフセイン元大統領なんかいい例です。彼は、実際にはなかったのに「大量破壊兵器があるぞ」というフリをしていたわけですね。それで抑止ができると思ったわけです。ところが逆にアメリカが来ちゃったわけですよ。つまり「抑止」が働かなかった。そういう、かなり悲しい例なわけですね。

 だから、実際にあるかどうかじゃなくて、あるというふうに思うことによって、「こういう行動をとったら、こういう目にあうからやめておいたほうがいいな」と思うのが抑止力なわけです。でなければ、別に「軍事力」、「武力」と言えばいいだけの話なんです。

抑止力になり得ない

 じゃあ今回、安保法制によって日本の抑止が高まったかというと、高まったわけがないわけです。我々国民が、これだけ一生懸命勉強をしていて、一生懸命何が起きているのか知ろうとしている我々が、今回、安保法制が成立したことによって、政府が何ができるようになったかわからないじゃないですか。どういう事態が起きたときに、これで何ができるか、全然合意がないわけですね。

中野晃一教授拡大講演する中野晃一教授
 そうすると中国だとか北朝鮮とかが、日本が今回新たに何ができるようになるのかなんて、わかるわけないじゃないですか。だから抑止は高まっていないわけです。こういうのを浅はかって言うんです。で、本当に大きな問題だと思うんです。安全保障をまじめにやるんだったら、もうちょっとまじめにやればいいわけなんです。ところが裏口入学をしようとするから抑止さえ働かない。だからまだ終わっていないわけです。だから我々はまだ声を上げているわけです。決着がついていないから。

既成事実化して無力化する

 そういう問題も実はあるので、「やはり明文改憲しなきゃいけないね、すっきりさせたいね」っていうことになっていくわけです。ただ既成事実をつくっておいて、この道しかないと思わせることによって、我々に無力感を覚えさせることによって、我々を無力化して、やりたい放題できるようにしたいと。だから緊急事態要項とか、何となく災害のこと考えたらどうこうというようなところから入っていって、次第に感覚を鈍くさせておいて、「まあ仕方がないや。大丈夫でしょう」と。

 「まだ戦争をしてないし。あれだけ騒いでいて、オオカミ少年たちはいたけれども、何も起きてないじゃないか」というふうになったときに、気づいたら遅いという状況をつくるということになっていくわけですね。

対米追従路線の延長

 じゃあその安保法制をどう捉えるかという話に入っていきたいんですが、すでにだいぶ触れている部分もあるので、大きく時間を割くことはしませんが、そういった意味ではアメリカが中心となって、グローバル経済を進めていく。ひとくちに「アメリカ」と言っても、要はアメリカにおけるグローバル企業であるとか、そこと結託しているような政治勢力、そういったもののことなわけです。気をつけなきゃいけないのが、私もやむを得ずそうするんですけれども、日本だ、韓国だ、アメリカがとかというふうに言ったときに、国全部がということはないわけですね。

 グローバル化の事実として、我々だって安倍政権が我々の代表をしていると思われたら困るわけじゃないですか。それと同じように「アメリカ」と言ったときも、実際にはアメリカの社会の中、あるいは政治の中でさえ、おかしいと思って声を上げている人たちがたくさんいるわけですから、そういったところは、ちゃんとわかっておかなきゃいけないと思うんです。ただ「ジャパンハンドラー」と言われるような人たち、あるいはグローバル企業、そういったところが中心となって、もうけのための戦争をやりたい、やらせたい。あるいは軍事力を強化させたいというようなこと、そこに追従するような形に政策がどんどん、どんどん動いていっているという現実があるのだと思います。

戦後最大の安保政策の大転換

 それはもちろん戦後最大の安保政策の大転換だと言わざるを得ないことなわけです。しかしながら憲法9条が変わっていないのに、どうして戦後最大の安保政策の大転換ができるのか。これは、どう考えてもおかしいわけですよね。日本が普通の国になるべきだということで、 ・・・ログインして読む
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筆者

中野晃一

中野晃一(なかの・こういち) 上智大学国際教養学部教授・政治学(日本政治、比較政治、政治思想)

東京大学(哲学)および英国オックスフォード大学(哲学・政治学)の両校を卒業ののち、米国プリンストン大学にて政治学の修士号および博士号を取得。主著『右傾化する日本政治』(岩波新書)、『戦後日本の国家保守主義―内務・自治官僚の軌跡』(岩波書店)、共著に『いまこそ民主主義の再生を!新しい政治参加への希望』(岩波ブックレット)、『ヤスクニとむきあう』(めこん)など、日本再建イニシアティブ著『民主党政権失敗の検証 日本政治は何を活かすか』(中公新書)および『「戦後保守」は終わったのか 自民党政治の危機』(角川新書)でプロジェクト座長。

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