「その時々の民意」を強調する民主主義観には疑問
2016年05月12日
注)この立憲デモクラシー講座の原稿は、1月29日に早稲田大学で行われたものをベースに、講演者が加筆修正したものです。
立憲デモクラシーの会ホームページ
http://constitutionaldemocracyjapan.tumblr.com/
~質疑応答~
Q:私が一番興味を持ったのは、井上さんが憲法の名宛て人を国民としているというところなんですけれども、たしかに通常は先生がおっしゃったように、権力担当側の力を制限するために憲法があるので、その名宛て人は政府だということになります。ただその憲法があることによって、国民の自由や権利が守られているという意味では、国民のために憲法があるわけで、憲法の宛先は国民とは言えないでしょうか。
それともう一つ、もしも国民の間で、軍隊を持ちたいという人々が多数になった場合には、やはり憲法を改正するのが当然ということになるのかどうか。9条は国民の命を守るためにあるわけで、これまでは過去の戦争で家族などが戦争に取られたこともあり、命のためには軍隊は嫌だということになっていた。しかし、他国から国民の命を守るためにはやっぱり軍隊が必要ではないかという具合に、命についての人々のリスク評価が変わることもありえます。
国民がはっきりと武力は必要だともし考えた場合は、やっぱり憲法を改正してもそれはやむを得ないというふうに先生は思われるかどうか教えてください。
杉田:一つ目の名宛て人については、ちょっと井上さんも筆がすべっただけかもしれないので、あまり追及しないことにしますけれども、おっしゃるように、憲法は私たちのためにあるわけですが、私たちを縛るものではないことは、はっきりしておかなければなりません。その意味で、通常の法の名宛て人と憲法の名宛て人は違うわけですよね。
先ほど引用した前後のところで井上さんが法の支配という概念にふれ、法の支配という点からして憲法も読みやすくないとダメだと、そう言っていて、法律と憲法の違いをあまり意識しない書き方になっている点にも疑問を持ちました。
それでもう一つのポイント、いま二つ目におっしゃった点は、たぶん戦後日本人は、まさにおっしゃるように、戦前からの経験で、日本国政府に対する不信感がまずあると。今でも日本国政府からの危害、つまり無用な戦争に動員されるんじゃないかと感じている人は主に9条を支持している。他方、外国が怖いので日本国政府は批判しないという人びとが、この際9条を変えようとしている。そういう整理は確かにあると思います。
よく、権力を抑制的に運用する立憲主義を批判する人々が、なぜ自分たちの政府に不信感をもつのか、「君たちは日本国政府を信じないのか」と言うわけです。日本国政府は何も悪いことをしない、外国だけが悪いと、そういうふうに考えている方々からはそう見えるのでしょう。
政府が私たちの命を守ってくれるかどうかという点ですが、そもそも自衛ということにかんして、個人と政府との関係は両義的です。一般的に、国家が自衛権を持っているということを私たちは前提としているし、国際法上はそうなんですけれども、しかし個々人の、私たちが個人として自分を守りたいという自衛と、国家の自衛というのは、目的が一致する場合もありますが、しない場合もあります。外国が攻めてきたというときには、国家の防衛と個人の防衛は一致する可能性があるでしょう。
しかし、少し前の日本のように、徴兵制によっていろんな戦争に駆り立てられるとすれば、矛盾が生じるわけです。無用な戦争で「犬死に」をさせられてしまうとすれば、個人の自衛権と、国家の自衛権なるものとは矛盾する。国家の防衛を個人のそれと同じく自衛権という名前で呼ぶのは、「のようなもの」という比喩として成立しているにすぎません。まして、集団的自衛権は個別的自衛権「のようなもの」という二重の比喩を伴っていて、非常に不安定な概念だと思います。
杉田:この徴兵制の問題に関して、二つ言っておきたいんですが、一つは、先ほどの社会契約論のホッブズはまさにそこを問題にしたわけです。ホッブズは、個人が社会契約に加わって国家をつくるのは、自分を守りたい、自己保存のためだとしました。ところが、そうやってつくった国家を守るためとして、徴兵されたらどうするのか。自分の安全のためのはずだったのに、自分は危険になるわけです。
この矛盾についてホッブズはどう答えたか。彼は「逃げてもいい」と言っています。逃げられるものなら逃げてもいいと。なぜならあなたは自己保存のために社会をつくっただけなんだから。これに対してルソーは
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