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[6]キューバをたとえれば「自立した強い女性」

伊藤千尋 フリー・ジャーナリスト

 ハバナの中心部に革命博物館がある。その玄関前に陣取るのは1台の戦車だ。革命から2年たった1961年に反革命の侵攻軍を撃退したとき、カストロが乗って陣頭指揮したのがこの戦車である。

1961年の反革命軍を撃退したさい、カストロが使った戦車=ハバナの革命博物拡大1961年の反革命軍を撃退したさい、カストロが使った戦車=ハバナの革命博物館で 撮影・筆者
 米国がキューバとの国交断絶を宣言したのがこの年だ。

 米国の政府機関である中央情報局(CIA)が組織した約1500人の亡命キューバ人が武装してキューバに侵攻した。キューバ沖では臨戦態勢の米軍の艦船が待機していた。

 侵攻軍がキューバの土地をわずかでも占領し臨時政府を樹立して米国に支援を要請することになっていた。

 それに応える形で公然と米軍部隊が踏み込む手はずだったのだ。

 だが、キューバ側はたった72時間で侵攻軍を撃退し、米軍に侵攻の口実を与えなかった。

武力侵攻に替わる兵糧攻め

 キューバは米国からわずか約160キロしか離れていない。米軍の爆撃機は米国を飛び立って15分でキューバを爆撃できる。それどころかキューバ国内に米軍のグアンタナモ海軍基地があり、基地を一歩出ればそのまま地上と海から侵攻できる。

 なのに、米国はキューバを攻撃しなかった。ベトナムやイラクまで爆撃した米国がなぜ、すぐ隣で敵対するキューバを攻めなかったのか。

 カストロは「(もし米軍が攻め込めば ・・・ログインして読む
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筆者

伊藤千尋

伊藤千尋(いとう・ちひろ) フリー・ジャーナリスト

1949年、山口県生まれ、東大法学部卒。学生時代にキューバでサトウキビ刈り国際ボランティア、東大「ジプシー」調査探検隊長として東欧を現地調査。74年、朝日新聞に入社し長崎支局、東京本社外報部など経てサンパウロ支局長(中南米特派員)、バルセロナ支局長(欧州特派員)、ロサンゼルス支局長(米州特派員)を歴任、be編集部を最後に2014年9月、退職しフリー・ジャーナリストに。NGO「コスタリカ平和の会」共同代表。著書に『地球を活かすー市民が創る自然エネルギー』『活憲の時代』『変革の時代』『ゲバラの夢、熱き中南米』(以上、シネフロント社)、『一人の声が世界を変えた』『辺境を旅ゆけば日本が見えた』(以上、新日本出版社)、『世界一周 元気な市民力』(大月書店)、『反米大陸』(集英社新書)、『観光コースでないベトナム』(高文研)、『闘う新聞ーハンギョレの12年』(岩波ブックレット)、『燃える中南米』(岩波新書)など。

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