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表現の自由の観点からは、法規制には問題が残る

マイノリティーに寄り添ったメディアの報道に期待

西土彰一郎 成城大学法学部教授

1 ヘイトスピーチ対策法の成立

 5月24日の衆議院本会議において、いわゆるヘイトスピーチ対策法――以下、本法と記す――が可決、成立した。

西土原稿につく写真「銀座の街はヘイトスピーチを許さない」などと書かれたプラカードを掲げて抗議する人たち=2016年3月、東京・銀座
 人種や民族などを理由に差別を扇動するヘイトスピーチに苦しんできた人たち、この苦しみの声に耳を傾け、真摯にヘイトスピーチ問題に取り組んできた人たちからは、本法は日本における初めての反人種差別理念法としての意義があると評価されている。その一方で、憲法が保障する表現の自由を視野に入れて本法を疑問視する意見も傾聴に値する。

 本稿では、主に表現の自由の観点から、本法を批判的に検討しておきたい。

2 特徴

 まずは、国会での審議を踏まえ、本法の構造を簡単にみておこう。

 本法は、前文で日本のヘイトスピーチをめぐる事実認識を示したうえで、第1条において「本邦外出身者に対する不当な差別的言動」の解消に向けた基本理念の定立、国等の責務の明確化、基本的施策の策定・推進を法の目的として掲げている。

 「本邦外出身者に対する不当な差別的言動」とは聞き慣れない言葉ではあるが、それを定義したのが第2条である。それによると、「本邦外出身者」とは「適法に居住する」在日外国人とその子孫を意味する。不当な差別的言動、すなわちヘイトスピーチとは、「本邦外出身者」であることを理由にこの人たちを地域社会から排除することを扇動する言動である。その典型例として、生命等に危害を加える旨の告知、著しい侮辱が挙げられている。

 第3条は、国民に対して不当な差別的言動のない社会の実現に寄与するよう努めなければならないとする努力義務を課す一方(したがって、罰則は設けられてはいない)、第4条以下は国および地方公共団体に対して相談体制の整備や教育・啓発活動を求めている(ただし、地方公共団体に対しては努力規定である)。

 以上から本法の特徴を拾い上げておくと、①適法居住要件により保護対象者を限定したかのような書きぶり、②言動を標的にしていること、③罰則規定がないこと、これら三点に集約することができる。

 本来であれば、憲法第14条の社会的関係における差別禁止の要請と日本も加入している人種差別撤廃条約の理念からして、包括的な人種差別撤廃制度を検討するのが筋であろう。最初から①、②のように対象を限定したのは、本法の立法事実が在日コリアンに対するヘイトスピーチの跋扈にあるからであろうが、それだけに、以上の二重の絞り込みには、それぞれ次のような批判が提起されている。

 ①につき、例えばアイヌ民族、難民認定や在留資格が争われている外国人に対するヘイトスピーチは許されると反対解釈されてしまうおそれがある。参議院法務委員会の法案審議においても問題視されたこの指摘をうけ、法案発議者は、「本邦外出身者」以外のヘイトスピーチも許されないことを明言するに至り、また、その旨の付帯決議もなされている。

 ②について、表現の自由が不当に制限されることが危惧される。法案発議者は、③を根拠に本法の理念法としての性格を前面に出すことにより、この批判をかわそうとしている。しかし、本当にこうした懸念は杞憂であると言い切れるのであろうか。以下、この点を、表現の自由の根拠と性格に立ち返り、改めて考えてみたい。

3 表現の自由の根拠と性格

 自由な表現活動を保障する根拠として、表現者の精神的成長(自己実現)、民主主義の維持(自己統治)、真実発見機能(思想の自由市場)の三つが挙げられる。これらの根拠に照らすと、日本で問題になっているヘイトスピーチは表現の自由の保護領域の外にある。

 第一に、自己実現論は、他人の反応に接して自己の考えを反省する個人を前提にしている。しかし、ヘイトスピーチに繰り出す者は、こうした雄勁とは無縁である。第二に、自己統治論は、とりわけマイノリティーの異議申し立てに力点をおいているが、ヘイトスピーチは逆にマイノリティーを攻撃し、沈黙を強いている。第三に、思想の自由市場論は、自分で選び取った思想は自らの反論で守り抜くべきであるという理念に立脚している。選択とは無関係の属性に目をつけての攻撃は、この理念に反する。

 もっとも、表現の自由の保護領域から外れているからといって、すぐにヘイトスピーチを規制してもよいとの結論に至るわけではない。

 表現の自由の保護領域を厳密になぞってヘイトスピーチを規制するとなると、

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