2016年06月02日
「(息子が)『ジープの上で銃をかまえて、どこから何が飛んでくるかおっかなかった、恐かった、神経をつかった』って。夜は交代で警備をしていたようで、『交代しても寝れない状態だ』と言っていた」
自衛隊員に何が起きているのだろうか。わからないことが多い。たとえば、56名という数字は「在職中」に自死を選んだ隊員の数であり、退官した元隊員の状況については知ることができない。さらに、ことばでは簡単に受け止められない何かを、皮膚の裏側にひそませて帰国し、生きている隊員が、この56名という数字の背後にさらに多くいるのではないか。
加えて、自殺した隊員の遺族や、海外派遣任務から帰還した隊員の家族の実情についても、ほとんどわからない。自殺者の数やパーセンテージについての議論だけが一人歩きする一方で、その背後にあるはずのさまざまな事情はほとんど明らかにされていない。
とくに、隊員の家族の問題が重大ではないかとおもう。それは、隊員のストレスをもっとも間近でまともに受け止めることになるのが家族であると想像されるからだ。多くの場合、精神的なダメージを負ったひとを、もっとも身近に支えることができるのは家族である。しかしそれは、二次的・三次的な「連動ダメージ」を家族がもろに受け止めてしまう、ということでもある。
派遣隊員の家族の様子を伝える資料は少ない。福浦厚子氏(滋賀大学・教授)による、隊員の妻に対する聞き取り調査はその貴重なひとつである(福浦厚子「配偶者の語り ―暴力をめぐる想像と記憶―」『国際安全保障』第35巻3号、2007年)。これによると、ある隊員の妻は、夫のPKO派遣前つぎのような心境にあったという。
「家族が反対すれば、自衛隊も聞き入れてくれるみたいでしたが、
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