メインメニューをとばして、このページの本文エリアへ

RSS

本土に暮らす「第二の加害者」である者の責務とは

沖縄の全基地撤去と辺野古の新基地建設反対こそ、被害者への追悼だ

五野井郁夫 高千穂大学経営学部教授(政治学・国際関係論)

「県民が一つになれば可能」

沖縄県民大会が開かれた陸上競技場には大勢の参加者が集まった=6月19日、沖縄県那覇市奥武山町拡大沖縄県民大会が開かれた陸上競技場には大勢の参加者が集まった=6月19日、沖縄県那覇市奥武山町

 「次の被害者を出さないためにも『全基地撤去』『辺野古新基地建設に反対』。県民が一つになれば、可能だと思っています」(被害者父親のメッセージ、2016年6月19日、沖縄県民大会にて)

http://ryukyushimpo.jp/news/entry-301081.html

 全国的には父の日だった6月19日、米軍属による二十歳の女性殺害事件を受けて6万5千人もの人々が集まった県民大会で、被害者父親のメッセージが読み上げられた。

 事件をめぐっては「事件を政治利用するな」という批判の名を借りた、事件の本質をめぐる論点ずらしが一部右派系のメディアによってさかんに行われた。

http://www.sankei.com/west/news/160619/wst1606190044-n1.html

 だが、被害者父親のメッセージに耳を傾けることができていれば、それら主張は的外れどころか、被害者とその家族を侮辱し愚弄するようなものであることは一目瞭然だろう。

 当たり前のことだが、そもそも沖縄に米軍基地が存在していなければ、今回の米軍属による事件は起きなかった。だからこそ被害者父親は、次の被害者を出さないためにも「全基地撤去」、そしてもうこれ以上新たな悲劇が起きないよう「辺野古新基地建設に反対」と述べていることは、いうまでもない。

 つまり「全基地撤去」と「辺野古新基地建設に反対」を訴え実現し、いまの沖縄が置かれた理不尽な現実を変えていくことこそが、事件被害者に対する最大限の追悼なのである。

政治家である前に、一人の人間である

沖縄全戦没者追悼式を終え、退席する安倍首相(左)と見送る翁長雄志・沖縄県知事=6月23日、沖縄県糸満市の平和祈念公園拡大沖縄全戦没者追悼式を終え、退席する安倍首相(左)と見送る翁長雄志・沖縄県知事=6月23日、沖縄県糸満市の平和祈念公園

 沖縄の自民党、公明党の議員らは県民大会には参加しなかった。

 こうした与党議員らの態度は問題の本質を理解していないか、選挙戦や中央政府の顔色うかがいのためには、被害者家族の感情など汲むつもりはないということになるだろう。はたしてこれは人として褒められた態度だろうか。政治家である前に、一人の人間であることをやめてはいけない。

 こうした立場について、マックス・ヴェーバーの『職業としての政治』などを持ち出して「心情倫理」に過ぎないとしてしりぞける立場がある。痛ましい事件が起きたとき、政治家は一般人の「心情倫理」よりも「責任倫理」で動くべきだ、という説明によって現実主義的な心性をくすぐり、まるで自分がクールな選択をしているかのように錯覚させるさかしい議論だ。

 冷静な自分を演出する小道具として基地問題を黙殺する言説は一時期まではまかり通ってきたものの、現在では力を失いつつある。なぜなら、そういう現実主義者をよそおった浅い考えが、このような悲劇的な事件を繰り返させてきたからだ。

 少し深く考えてみれば分かることだが、中央政府への忖度(そんたく)は、地方自治の本旨に背を向けて地方の利益を掘り崩し続けるだけであり、本来「責任倫理」が追求しているところの目的合理性にも反している。これではただの自発的隷従にすぎない。

 県民大会の最後に「県民の人権と命を守るためには、米軍基地の大幅な整理・縮小、なかでも海兵隊の撤退は急務だ」と提案した決議の採択は、被害者への心からの追悼であるとともに、現実と沖縄にとっての目的合理性を見据えた選択が、県民自らの意志によって現実化されるための第一歩でもある。

「『第二の加害者』はあなたたちです」

共同代表あいさつで涙を流す玉城愛さん=6月19日、沖縄県那覇市の奥武山陸上競技場拡大

 ところでそもそも問題の所在は、論点ずらしに必死な右派系メディアや中央に忖度する与党議員の存在だけではなく、むしろなぜ沖縄はこのような状況に置かれているのかということである。

 それを読み解くうえで必要なのは、米軍属とアメリカという第一の加害者にくわえて「第二の加害者」はだれかという視点だろう。「第二の加害者」とは、県民大会で被害者と同じうるま市に住む名桜大学4年生の玉城愛さんの以下のスピーチで使われた表現だ。

 「安倍晋三さん。日本本土にお住まいのみなさん。今回の事件の『第二の加害者』は、あなたたちです。しっかり、沖縄に向き合っていただけませんか。いつまで私たち沖縄県民は、ばかにされるのでしょうか。パトカーを増やして護身術を学べば、私たちの命は安全になるのか。ばかにしないでください。」(辺野古に新基地を造らせないオール沖縄会議共同代表・玉城愛、2016年6月19日、沖縄県民大会にて)

 奧武山公園陸上競技場で県民大会での追悼に参加したわたしは、彼女のスピーチを聞いた瞬間、心臓をつかまれたような苦しい感覚に襲われた。正直なところ、本土に暮らす自分が基地問題と無関係ではないことは頭ではいくら理解しているつもりでも、面と向かって言われると堪える表現だ。

・・・ログインして読む
(残り:約1900文字/本文:約3838文字)

全ジャンルパックなら本の記事が読み放題。
Journalismの記事も読めるのは全ジャンルパックだけ!


筆者

五野井郁夫

五野井郁夫(ごのい・いくお) 高千穂大学経営学部教授(政治学・国際関係論)

高千穂大学経営学部教授/国際基督教大学社会科学研究所研究員。1979年、東京都生まれ。上智大学法学部卒業、東京大学大学院総合文化研究科国際社会科学専攻博士課程修了(学術博士)。日本学術振興会特別研究員、立教大学法学部助教を経て現職。専門は政治学・国際関係論。おもに民主主義論を研究。著書に『「デモ」とは何か――変貌する直接民主主義』(NHKブックス)、共編著に『リベラル再起動のために』(毎日新聞出版)、共訳書にウィリアム・コノリー『プルーラリズム』(岩波書店)など。

五野井郁夫の記事

もっと見る