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国際社会と日本はISにどう対応すべきか(下)

「顔の見える」日本の情報をアラブ・イスラム世界へ

川上泰徳 中東ジャーナリスト

 イラクでもシリアでも、もともとアルカイダは存在しなかった。そのアルカイダが現在の「イスラム国」(IS)となって勢力を伸ばしている背景には、前稿で書いたように、イラクとシリア両国内での「スンニ派の受難」がある。さらに、中東全域に目を向ければ、イラクとシリアの両政権の背後に、シーア派国家のイランが影響力を強め、スンニ派を排斥しているという構造がある。

帰国したひつぎに献花するバングラデシュのラバブ・ファティマ駐日大使=5日午前6時59分、羽田空港ダッカのテロ事件による日本人犠牲者の棺に献花するバングラデシュのラバブ・ファティマ駐日大使=2016年7月5日、羽田空港
 イランはイラクでのIS掃討作戦に参加するシーア派民兵組織を支援している。

 最近、私が連絡をとったイラクの政府関係者によれば、軍や治安部隊の統合司令部の他に、シーア派民兵組織が結集する「人民動員部隊」の司令部があり、そこに関わっているのは、イラクの軍や治安部隊ではなく、イランの革命防衛隊から派遣された指揮官だという。

 一方、シリア内戦ではイランの革命防衛隊はアサド政権を軍事的に支援している。レバノンのシーア派武装組織ヒズボラも革命防衛隊によって支えられており、ヒズボラの地上部隊がシリアに参戦したのも、イランの指令とされる。

 イランがイラク、シリア、レバノンまで勢力を伸ばしていることは、サウジアラビアなど湾岸アラブ諸国の反発を呼んでいる。サウジでは2013年春にヒズボラがシリア内戦に参戦する動きを見せた後、強硬派宗教者が「対シーア派ジハード」を呼びかけ、サウジから多くの若者がスンニ派支援でシリア内戦に身を投じたとされる。現在、ISに参戦しているサウジ人は3000人と推測されている。

ISの排除は、軍事よりも政治で

 米国がISを軍事的に排除することを急ぐあまり、イラクでシーア派民兵が介入したり、シリアでクルド勢力が主導したりする現在のIS掃討作戦の方法では、スンニ派民衆の怒りや不満を強めることになり、問題解決にも、地域の安定にもつながらない。

 ISとイラクのスンニ派部族は決して一枚岩ではない。ISはシーア派を敵視するが、私が話を聞いたスンニ派部族連合の指導者は「我々はシーア派の支配を拒否しているだけで、共存を求めている」と語った。イラクでは同じ部族でもシーア派とスンニ派に分かれている例があり、サダム・フセイン時代には宗派を超えた結婚も珍しくなかった。

 ISを排除するためには、シーア派主導政権と、国内のスンニ派勢力との関係正常化が必要となる。しかし、ファルージャ奪回作戦のように、ISとともにスンニ派民衆を敵に回しては、問題解決はほど遠い。

 一方、シリアでもラッカ奪回作戦にはクルド人組織を介入させないような対応が必要である。現在のようにクルド人主導になれば、ISの代わりにスンニ派地域でのクルド人支配を許すことになり、スンニ派勢力の不満の種をまくことになる。

 外部勢力だったISは「スンニ派の受難」につけこんで、スンニ派地域に浸透している。宗教・宗派・民族が複雑に絡む中東でのISの排除は、軍事よりも、むしろ政治的な問題であり、慎重に時間をかけなければならない。スンニ派部族やスンニ派民衆を支援しつつ、イラクの権力分有の実現や、シリア内戦の平和的な終結を進め、スンニ派勢力がISから離れるような働きかけが必要となる。

「貧困の蔓延」「富の独占」が悪

 ISのもう一つの側面である「運動」は、イラク・シリアという地理的な支配地域に縛られないグローバルなものである。「貧困の蔓延」や「格差の拡大」「政権の強権化」「腐敗」など、「不正」に対して、ジハードとして戦うことを求めている。

 戦う対象は、(1)欧米の非イスラム教徒、(2)欧米とつながる政府、(3)シーア派であり、武装闘争=テロという手段をとる。社会や政治の問題について政治批判や政治参加が認められれば、若者たちの過激化は抑えられるはずだが、強権的な政府は、若者たちを過激派に追いやることになる。

 日本人7人が犠牲になったダッカ事件では、襲撃犯の声明などは出ていない。しかし、大使館が集まった高級住宅地のレストランを標的にしたということで、政治よりも、経済的なものを標的としようとするこだわりを読み取ることができる。

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