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[10]金属の不思議な作品を作るアーティスト

板垣真理子 写真家

 ハバナの街角の市街、ビエハの一角にあるカテドラル広場に新しくギャラリーができた。どんなものが?と思い、入ってみた瞬間、あっと息を呑んだ。にぶくいぶしたような銀色の異様な立体作品が並んでいる。これはいったい……すぐに心惹かれてギャラリーの人に尋ねてみた。

 「バジャダーレスですよ。キューバ人です。米国でも展覧会をやっていて、スピルバーグとも親交のある」

 親交のある、というところは少し大げさだったことは後にわかるが、それでも会ったことがあり、彼がとても気に入ったことは確かだったようだ。

 なにか新しい息吹のようなものを感じて、速攻、取材を申し込んだ。

危険な匂いの伴う作品群

 この時、ギャラリーで対応してくれた人のつながりで、思いもよらず、ずんずんと話が進み、まったく個人的な申し込みだったにもかかわらず、数日後には作家本人に会えることになった。作品の並んでいる会場に現れた彼は、白一色に決めたダンディな装い。すぐに「作品を見ながら話を進めるかい?」と切り出された。

 どれもこれもインパクトの強い独特な作風。怪しげでもあり、危なげでもあり、美しくもあるが危険な匂いの伴う作品群だ。

 もっとも会場の奥にある作品から進めていく。骸骨。タイトルは「学長」。

 これは大変な皮肉なのではないか。学長は偉すぎて死んでしまったのか、と勝手な想像を巡らせながら質問する。と意外な反応が。

 「いやいや、皮肉でもなんでもないよ。学長はものすごく偉い人だから、とっても大きいのだ。この大きさで自らの頭脳を支えている」

 ずいぶんとあっけらかんとした反応に逆に驚く。主体となっている骸骨の周辺に小さな骸骨。これは周囲を取り巻く人たちなのだ、と。

 では何故、骸骨なのか、というところまでは深追いせず、アーティストのなんらかの直感があるのだ、と次の作品へいく。

学長拡大『学長』=撮影・筆者
女性像拡大作品は女性像が多い=撮影・筆者

 今見た骸骨と、昆虫をモチーフにしたもの、あとは靴をモチーフにした作品のほかは、ここに展示されているのはすべて女性像である。

 しかし、素材が金属であることもあり、決して優しいナイーブな感覚はなく、衣服に見える部分が時には鎧にも見え、筋肉にも見える。美しいヘアスタイルとアクセサリーとも見えるものが兜にも見える。どこか戦士めいてもいて、どれも力強い。

 じっくり眺めていて気がつくのは女性像とともにいつも自然界のなにかを伴っていることだ。カタツムリがにっちょりと張り付いた作品。その姿はとてもリアルだ。にこにこと「自然が好きなのだよ」と。

蝶々に囁きかける作者拡大「蝶」に囁きかける作者のバジャダーレス=撮影・筆者
 また、片腕の切れた部分から、今まさに落ちようとしている植物の一部分。バナナの花にも見える。

 さらには、女性の耳元でなにかを囁く蝶。作家はふざけて、自分も女性像になにかを囁きかけている。「はっはっはっ」と笑う姿は、どこまでも明るい。

 こんな言葉で片付けてしまうのはどうか、と思うが、やはり作家の姿はとてもキューバ的なのだ。

 「なにを囁いているのですか?」という質問には、「自然界のことを教えているのさ」と。しかし、この作品にはなにかひっかかるものがある。

 「なにか危険な匂いがするのですが」と言うと、突然、真顔になって、「その通り、これは、自然界の危なさを指摘しているんだ」。

 昆虫が卵を抱く作品もなにもかも、どこか危険な香りに満ちているのに、本人はいたって朗らかで、あっけらんかんとしている。この対比もなんともいえない。

金属加工からの転業

 1点展示されていた、靴の作品も他のものとずいぶんと違った趣だ。

 「もっと大きいもの、4メートル近いものが今作業場にあるけど、見に来るかい?」

 さっそくのお誘いだった。

 キューバの人たちは、訪ねてきた人をすぐ自宅に招く。とはいえ、彼の自宅はハバナの中心部からずいぶんと離れいて、車で小一時間もかかる場所にあった。日を改めて訪ねてみると、周囲も庭もうっそうとした緑に囲まれている。

 「自然が好きなのだよ」という言葉は、そのままだったようだ。

 金属を加工するための大型の機械が何台も。三つのアトリエに分かれて置かれている。金属はすべて合金で、銀、銅、ブロンズなどが主体となっている。この大型の機械はどうやって?と尋ねると、

 「もともと、スペインの金属加工をやっている某会社に勤めていた」。なので「金属の加工から入ってきたから、アートの勉強はまったくしていないよ。すべて自らのインスピレーションと経験から紡ぎだした」。

アトリエの作者拡大アトリエのバジャダーレス=撮影・筆者
 職人さんから転業してきた珍しいアーティストでもある。特にキューバでは。

 というのも、キューバは、すべての勉学が無料であるため、才能や意思があればアートの勉強も皆、できてしまう。

 トップ・アーティストたちのかなりな人たちは、革命後にこの恩恵にあずかった人が多く、これまで私が見てきた画家たちは、ほとんどそういう存在だったから。

 どこかおおらかで豪快、いわゆるアーティスト然、としていないのもそういうところから来ているのかもしれない。

 この日、私は、自分のつたないスペイン語だけではとても心配なので、私同様、学び始めたばかりのスペイン語と英語のできるヨーロッパの旅行者と一緒に出かけていた。

 彼女はそれでもイタリア語ができるので、イタリア語にある程度近いスペイン語は私よりちゃんとわかるようだ。バジャダーレス氏は、英語は話さずスペイン語のみ。それでもちゃんと取材できてしまうところが、なにかとてもキューバだな、と思ってしまう。

 ところでこの日見に来た「4メートルを超えるものはどこ?」と、かの同行者が私の耳元で囁く。あ、そういえば……どうやら2メートルと少し超える作品のことだったようだ。

 鮮やかな黄色に塗られた靴のオブジェ。これは作りかけだが、これと同じシリーズの赤い作品が、ビエハの展示会場にあった。実はこれは、靴の下に引き出しが付いていて、そこは葉巻の入れ物になっている。

 「けっこう、コマーシャルよねぇ」と、同行者が英語で言う。そうかしら、とその場では思った私も、後には、やはりそうなのかも、と思えてきた。何事によらず、今まで会ってきたキューバのアーティストとは、いろいろな面で違いを感じる作家でもある。

 作品の価格も、すべて100万円前後となかなかの価格。この価格で買う人は当然のことながらほぼ外国人になるだろう。

 玄関を入ってすぐのところに、スティーブン・スピルバーグ氏とのツー・ショットの大きな写真。奥様と娘さんとに迎えられ、まずはキューバで人を訪ねたときに出てくる定番のお水から、濃いエスプレッソ・コーヒー。続いてとてつもなく美味しいフルーツジュースと、最後には薬草入りのラム酒を振る舞われた。

 あまりのもてなされぶりに、うっかり「画家のネルソン・ドミンゲス氏の家でもお昼をご馳走になってしまって」と言うと、「おお、今度はぜひ昼ごはんを食べにきてくれ」と言われてしまった。申し訳ない。ただし、このお二人は、アーティスト同士、とても仲が良いという。良かった。

 珍しいラム酒を飲みながらのよもやま話。「僕は作品展示で海外に行くけど、キューバが僕の場所なのだよ。他に住む気はないんだ。ここが一番好き」。

 庭は広々と心地よく、蝶が飛び、虫や小さな動物たちの気配。自然の中にあり、金属の不思議な作品を紡ぎだす、独特のアーティストだった。 (つづく)


筆者

板垣真理子

板垣真理子(いたがき・まりこ) 写真家

1982年、ジャズ・ミュージシャンの撮影から写真の世界に入る。以後、ナイジェリアをはじめとしたアフリカ、南米、カリブ、アジアなどを取材。著書に、『キューバへ行きたい』(新潮社)、『ブラジル紀行――バイーア・踊る神々のカーニバル』(ブルース・インターアクションズ)、『武器なき祈り――フェラ・クティ、アフロ・ビートという名の闘い』(三五館)など多数。