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女性リーダーは世界のトレンドだ

女性の進出が遅れている日本は何をすべきか

芦澤久仁子 アメリカン大学講師(国際関係論)及びジャパンプログラムコーディネーター

2016年は女性にとって歴史的な年になるか

 民進党代表に蓮舫氏が選出され、小池百合子東京都知事就任に続いて2人目の女性政治リーダーが日本にも誕生した。まさに「女性台頭の夏」の感があったが、実は海外でも、今年は女性リーダー誕生をめぐるニュースが相次いでいる。

 台湾では、1月の総統(大統領)選挙で、野党(当時)民進党の蔡英文(ツァイ・インウェン)主席が大勝し、5月に初の女性総統として就任した。

就任演説に臨む台湾の蔡英文総統=熊谷俊之氏撮影拡大就任演説に臨む台湾の蔡英文総統=熊谷俊之氏撮影

 イギリスでは、6月のEU離脱国民投票によるキャメロン首相の辞任を受けて、テリーザ・メイ内相が保守党党首に選出され、サッチャー元首相以来26年ぶりの女性首相が登場。おまけに、野党の英国独立党も党首選で、女性党首(ダイアン・ジェームス)を選出した。

ロンドンで7月11日、次期首相に決まった後、報道陣に語るテリーザ・メイ氏=ロイター拡大ロンドンで7月11日、次期首相に決まった後、報道陣に語るテリーザ・メイ氏=ロイター

 そして今まさに佳境を迎えている米大統領選では、ヒラリー・クリントン前国務大臣が民主党候補として、トランプ共和党候補とのデッドヒートを展開中。11月の本選挙で勝利すれば、米国初の女性大統領という歴史を作ることになる。

ペンシルベニア州で演説するヒラリー・クリントン氏=ランハム裕子撮影拡大

 さらに国連でも、今年は、女性リーダー誕生の話題で盛り上がった。

 現在の潘基文(パン・ギムン)事務総長の任期が年末で切れるため、後任選びを去年末から進めてきた国連で、安全保障理事会は6日、元ポルトガル首相のアントニオ・グテーレス前国連難民弁務官を選出。これにより、国連総会で近く、正式に任命されることになる。

 名前の通り、グテーレス氏は男性なので、国連での女性リーダー誕生とはならなかったのだが、実は、今回の立候補者12人(途中辞退も含めて)のうち7人が女性だった。

 中でも、ブルガリアの元外相で現ユネスコ事務局長のイリーナ・ボコバ氏、ニュージーランドの元首相で現国連開発計画総裁のヘレン・クラーク氏が、経験豊富な有力候補として見られていた。

 この女性候補者数は、過去8人の事務総長選出の際には考えられなかった状況で、国連ウオッチャーの間では、国連史上初めての女性事務総長誕生か、と大きく期待され、「女性国連総長選出キャンペーン(Campaign to Elect A Woman UN Secretary-General)」といった国際的ネットワークによる運動も生まれていた。

 その意味では、将来、女性の国連総長が実現した時には、2016年が重要な転換期だったと振り返られるだろう。

世界の女性元首はこの10年で倍増

 もちろん、世界における女性政治リーダーの出現は今年になって突然始まった現象ではない。

 国際関係論学で女性問題に注目している学者達によると、国際政治における女性リーダーの存在が目立ってきたのは1990年代に入ったころからで、特に外務大臣や国際機関の要職に女性が就くケースが増加した。

 2000年代に入ると、ドイツのメルケル首相、チリのバシェレット大統領、リベリアのジョンソン大統領、韓国の朴大統領など、女性の国家リーダーが世界各地で相次いで登場している。

 去年の女性の国家元首の数は、最も多い時点で27人に到達し、2005年に比べると2倍増(米ピュー研究所統計)。これは世界の国連加盟国(193カ国)の約14%を占める。

 参考までに、米フォーチュン誌による企業番付トップ500社のうち、女性が執行役員(社長、副会長、副社長等)のポジションを持っている会社は、全体の14.6%(2013年)なので、ビジネスの世界と政治の世界は、似たような割合である。

 世界の男女の人口比はほぼ1対1(2010年の統計)。そこから単純に考えれば、女性の政治指導者の割合はまだまだ低いと言えるが、それでもこの四半世紀で着実に増加しており、増加傾向は今後も続くであろう。

なぜ、女性リーダーは増えたのか?

 この国際政治における女性リーダーの増加を考えるにあたって、二つの問いが出て来る。

 一つ目は、なぜ、女性のリーダーが増えてきたか?

 二つ目は、女性と男性のリーダーシップは違うのか? つまり、女性がリーダーになることで、何か違う政策や方針が出て来るのか?

 第1の問いに関して、プリンストン大学教授グループによるレポート「Women Leaders in International Relations and World Politics」(2010年)は、第2次世界大戦の終結を契機に、女性が教育を受ける機会が西欧諸国で急速に浸透し、それがその他の地域にも徐々に—しかし確実に—拡大したこと。同時に、人権という概念が大戦後、多くの国々で受け入れられたこと(表面的ではあっても)が、90年代以降に女性政治リーダーが増加することを可能にした、と指摘する。

 さらに、1970年代以降の、国連を中心とした女性地位向上と機会均等のための努力も重要である。

 1975年に、最初の世界女性会議が国連によって開催され、4年後の1979年には、女性差別撤廃条約が国連総会で採択された。世界女性会議はその後5年ごとにケニア、北京などと場所を変えて行われ、さらに1996年には、再び国連総会で「ジェンダー(社会・文化的な性差問題)主流化」が国連政策方針として採用された。

 これらの国連での条約や方針、会議での合意事項は、加盟国に対しての最終的な強制力は持たないが、それでも柔らかなプレッシャーとなって、各国内での女性地位向上や、差別解消に向けた国内法制度と政策(賃金平等、選択別称導入、婚外子差別撤廃等)の採用へとつながった。

 また、これらの国際条約や国連政策のおかげで、世銀や国連開発計画といった国際援助機関も、女性地位向上や機会均等促進を、援助政策の重要課題に加え、ジェンダー開発指数、ジェンダー不平等指数といったランキング指標を使って各国の状況改善を促した。

 ところで、なぜ、このような女性地位向上の動きが国際レベルで起きたのだろうか?

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筆者

芦澤久仁子

芦澤久仁子(あしざわ・くにこ) アメリカン大学講師(国際関係論)及びジャパンプログラムコーディネーター

ワシントンDC在住。東京生まれ。慶応大学経済学部卒業。テレビ東京勤務後(ニュース番組制作等担当)渡米。2005年にタフツ大学フレッチャー法律外交大学院博士課程(国際関係論)を終了し、英国オックスフォードブルックス大学(准教授)を経て2012年から現職。また、米国ウッドローウイルソン国際学術センター、東西センター、ライシャワー東アジア研究所に招聘研究員として滞在。主な研究分野は日本外交、日米関係、アジア地域機構、グローバルガバナンス。研究論文は、International Studies Review, Pacific Review, Journal of Peacebuilding and Development等の英文学術誌および編著本に多数発表。著書、Japan, the U.S. and Regional Institution-Building in the New Asia: When Identity Matter (Palgrave McMillan)が、2015年度大平正芳記念賞を受賞。

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