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 シルクロードに行こうと思い立った。壁画で名高い敦煌や中国のウイグル自治区ではない。目指すは深奥の中央アジアだ。シルクロードの中心地である。古代の日本に文化をもたらした源流がここにある。

 単に過去のノスタルジアに浸ろうとは思わない。旧ソ連が崩壊したあとの中央アジアが今どうなっているのか、ほとんど知られていない。私たちの文化のルーツを求め、かつ現代政治の知の空白地帯を埋める旅に出よう。

ウズベキスタン政府が発行するシルクロード地図拡大ウズベキスタン政府が発行するシルクロードの地図

胡麻、胡瓜……中央アジアは身近な地

 中国が唐だった時代、シルクロードは首都の長安(現在の西安)と地中海沿岸のアンティオキア(現在のトルコ)の約7000キロを結んだ。

 その中心に位置するのがオアシス都市、サマルカンドだ。東西貿易の中心というだけでなく、北のシベリアと南のインドを結ぶ南北の結節点でもある。つまりユーラシア大陸の文明の十字路だ。

 サマルカンドの人は赤ん坊が生まれると口に蜜を含ませ手に膠(にかわ)をにぎらせたと、10世紀の中国の書物『唐会要』に書かれている。甘い言葉を操り、銭を手から離さないようにするためだ。幼いころから商人道をたたきこまれた彼らはラクダの背に荷を積み、果てしない砂漠を越えて国際貿易の仲介者となった。

 サマルカンド一帯をソグディアナという。ソグド人が住む地という意味だ。

シルクロード地図拡大シルクロードの地図の表紙
 彼らは胡人と呼ばれた。中国産の絹を西に運ぶ一方で、西の特産物を東にもたらした。「胡」がつく漢字を思い浮かべればその一端がわかる。

 胡麻、胡瓜、胡桃はおなじみだが、胡豆はソラマメで、胡蒜はニンニクである。胡蘿匐はニンジンだ。ウズベキスタンの名物料理プロフ(ピラフ)は、炒めたご飯の上に千切りに刻んだニンジンがこれでもかとばかり盛られる。

 今、私たちが食べている胡瓜も胡麻も、飛鳥時代に始まった遣隋使さらに奈良・平安時代まで続いた遣唐使によって中国から日本にもたらされた。奈良の正倉院に納められた宝物の中にはワイングラスのような紺瑠璃の杯、ラクダの模様を施した琵琶、湾曲した角を持つ羊を描いた屏風などがある。

 その多くがサマルカンドからシルクロードを伝い、中国を経てはるばる日本にやってきた。中央アジアは遠いようで、実は身近な地なのだ。

ウズベキスタンは「危ない国」?

 現在のサマルカンドは旧ソ連から独立したウズベキスタンの都市だ。

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 中央アジアにはほかにもカザフスタンやアフガニスタンなど「スタン」がつく国が多い。

 「スタン」はペルシャ語で「~の地」を意味する。ウズベキスタンはウズベク人の土地のことだ。現代のシルクロードに生きるウズベク人とは、どんな人々だろうか。

 1991年にソ連が崩壊してから25年もたった。新たに成立したロシアやウクライナなどヨーロッパ寄りの国は何かと話題になるが、ソ連から独立した中央アジアの国がどうなったのか日本ではほとんど知られていない。

 過去の歴史は本で読めても現在の社会はわからないという不思議な逆転現象だ。

 ウズベキスタンはソ連が崩壊したために否応なく独立することになった。なんの準備もしておらず突然、独立することになったため強権体制がそのまま引き継がれ、独立前から政権を握っていたカリモフ大統領がその後26年間も政権を握ってきた。

 東京でIT会社を立ち上げたウズベキスタン女性から故国の話を聞き、日本の大学で教えるウズベキスタン人が書いた『社会主義後のウズベキスタン』などの本を読んだ。手にした資料の中には、この国は野党の存在が許されない独裁国家で警官の数が樹木の数よりも多く、つい最近までイスラム原理主義運動のテロが何度も起きて大統領が暗殺される寸前だったと書いてある。

 旅の手続きを調べると、入国の通関のさいには財布の中の金額や持っている電気製品を正確に申告しなければならない。この時期の気温は40度。在ウズベキスタン日本大使館が今年1月に発行した「安全の手引き」は、この国の危険性を13ページにわたって強調し、巻末には緊急脱出の手引きまで載っている。かなり「危ない国」という印象だ。

シルクロードの旅で読破した本拡大シルクロードの旅で読破した本

最初から波乱含み…

 それでも、シルクロードの中心地を見たいという誘惑には抗しがたい。出発前にシルクロードの歴史や正倉院の文物、中央アジアの民族や現代の姿など計103冊の本を読破した。

 1国だけではもったいないのでウズベキスタンのあとは隣のカザフスタンも訪れる計画を立てた。

 ところが直前になって、予定した日にウズベキスタンに入国できないことが分かった。9月1日が独立記念日で、その前後は空港が閉鎖される、と突然、在日ウズベキスタン大使館が通告してきたのだ。おそらくテロ対策だろう。

 でも、すでに飛行機の切符は確保してある。とりあえずウズベキスタンに飛び、まずはカザフスタンを訪れることにした。最初から波乱含みだ。

 波乱はさらに高まった。出発の5日前、「独裁者」と呼ばれたカリモフ大統領が脳出血で倒れ入院したとウズベキスタン政府が発表した。翌日、大統領は死亡したという未確認情報も流れた。

 統制国家で独裁者の身に異常があれば社会は混乱するのが通例だ。テロが起きるかもしれない。穏やかならぬ心を抱えたまま、ウズベキスタン国営航空機に乗りこんだ。 (つづく)

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筆者

伊藤千尋

伊藤千尋(いとう・ちひろ) フリー・ジャーナリスト

1949年、山口県生まれ、東大法学部卒。学生時代にキューバでサトウキビ刈り国際ボランティア、東大「ジプシー」調査探検隊長として東欧を現地調査。74年、朝日新聞に入社し長崎支局、東京本社外報部など経てサンパウロ支局長(中南米特派員)、バルセロナ支局長(欧州特派員)、ロサンゼルス支局長(米州特派員)を歴任、be編集部を最後に2014年9月、退職しフリー・ジャーナリストに。NGO「コスタリカ平和の会」共同代表。著書に『地球を活かすー市民が創る自然エネルギー』『活憲の時代』『変革の時代』『ゲバラの夢、熱き中南米』(以上、シネフロント社)、『一人の声が世界を変えた』『辺境を旅ゆけば日本が見えた』(以上、新日本出版社)、『世界一周 元気な市民力』(大月書店)、『反米大陸』(集英社新書)、『観光コースでないベトナム』(高文研)、『闘う新聞ーハンギョレの12年』(岩波ブックレット)、『燃える中南米』(岩波新書)など。

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