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醜悪をこれから行うというのだ

9月26日(月) きょうからWEBRONZAで日誌を記す。その昔、澁澤龍彦が生い立ちから処女出版までの短い自作年譜を記した末尾に、<これだけ書くのも、私には精いっぱいであり、まことに苦痛のきわみであった。ストリップを演ずるような苦痛である。肉体のストリップなら、まだましであるが、精神のストリップは、性に合わない。>と記していた。さすがに精神貴族である。

 端的に言って、自己顕示は醜悪だ。その醜悪をこれから行うというのだ。ひとつのきっかけは、原武史さんが以前、雑誌『みすず』で連載していた「日記」がとても面白くて、引き込まれて読んでしまい、こういう日誌ならば書いておいてもいいかな、と思ったことだ。それと、今という時期が公私ともに大きな変わり目の渦中にあるという切迫した自己認識がある。

 僕はまだ、主にマスメディアで報道の仕事をしている身で、それに関係したことが日々の動きのかなりの部分をしめていて、書けないこともある。そう割り切って記すことにする。

 朝6時半、自宅を出る。成田空港へ。アメリカ大統領選挙のTV討論会の取材。飛行機でNYまで13時間余り。僕は時差調整が下手で、いつもへろへろの状態で海外取材をしてきた。今回は機内の映画は控えてひたすら眠ろう。だが、またしても失敗してしまった。眠れないのだ。

 NYのJFKに午前11時過ぎに到着。S、I、Iさんと合流。9時間後にはテレビ討論が始まる。リアリティTVが生んだ一種のモンスターであるトランプにとっては、手慣れた舞台ではないか。それに比べて、エリートの道を歩んできたクリントンは、テレビ・タレントのように馬鹿はやれないプライドの持ち主だろう。とにかくアメリカのTV史上最も見られた番組になるのだろう。

 ホテルで1時間だけ休んでからディベート会場へ。会場のロングアイランドのホフストラ大学までが遠い。会場周辺は厳重な警備。会場への道順を示すサインがほとんどないので運転手さんが道に迷う。

 ファイリングセンターには大勢の記者たちが陣取っていた。DC支局やNY支局の仲間たちがすでに仕事をしていた。日テレのA君やフジテレビのMさんら旧知と再会。全米各テレビ局がキャンパス内に特設スタジオを設営している。その周りに学生たちがクリントン、またはトランプのプラカードを持って集まって盛り上がっている。これは間違いなくお祭りなのだ。

大統領候補討論会後、報道陣の質問に答えるドナルド・トランプ氏=26日、ニューヨーク州ヘンプステッド、ランハム裕子撮影 20160927拡大大統領候補の討論会後、報道陣の質問に答えるドナルド・トランプ氏=2016年9月26日、ニューヨーク州ヘンプステッド、撮影・ランハム裕子
 午後9時スタート。あっけない90分だった。クリントンの圧勝だと思うが。

 討論会直後のリポートとリアクション取材。何とトランプ本人がスピンルームに姿を現した。

 討論のなかでの発言で日本に触れた部分、いつもの「日本をまもってやっているのに対価を支払っていない」云々について、「本気でそう信じているのか」とシャウティングしたが、ほとんど無視されて「Japan is great.」とか言って足早に去っていった。ものすごい数のボディガードだ。

 それにしても、トランプのような人物が共和党の正式指名候補者になったこと自体、この大統領選挙がリアリティTVショー化したことの動かぬ証左だ。いけない。頭がうまく働かないぞ。NYのホテルに帰りつくと、もう午前2時を過ぎていた。さすがに疲れた。

「トランプはメディアがつくったもの」

9月27日(火) NY支局に挨拶。キム・モーラーが相変わらず元気にしていた。現地スタッフの顔触れもキム以外は知らない人ばかり。5番街のトランプタワーへ。街録。正面玄関前に、ヒスパニック系の人々が集まって抗議のコール。トランプ所有のラスベガスのホテルの従業員たちが労働組合を結成し、団体交渉権を要求しているのだ。十数人という人数だが元気がいい。こういうことを日本ではほとんどみなくなった。

 デモクラシー・ナウのエイミー・グッドマンから電話が入り、「取材を受けましょう」との朗報。Aさんの力添えがギリギリになって実った。嬉しい。デモクラシー・ナウのスタジオと仕事場は、以前の消防署跡建物よりも格段に立派なものになっていた。沖縄のことも絡めてインタビュー。トランプはメディアがつくったもの(creature)だと言っていた。エイミーは自分にとってはアメリカで最も信頼しているジャーナリストのひとり。アメリカ・ジャーナリズムの希望の最後の拠り所だと思う。

9月28日(水) 朝5時、ホテルをチェックアウト。アムトラックでワシントンDCへ。眠い。体内時計がもはや機能していない。午前9時40分にDCユニオン駅着。11時からジェームズ・ファロウズ氏インタビュー。ウォーターゲートビルのなかのアトランティック社は、いかにも居心地のよさそうなスペース。ファローズ氏のインタビューは今回も面白かった。ファローズ氏は、米軍駐留費に関するトランプの発言について「事実に基づかない発言で、日本の皆さんにお詫びする」などと言っていた。

 インタビュー後、Eストリートシネマで、1980年に実際にアーカンソー州で起きた核ミサイルの事故を題材にしたドキュメンタリー映画『Command and Control』をみる。事故処理にあたった当局内部で福島第一原発事故と同じような状況が起きていたことがわかる。予想していたよりもおもしろい。帰国後のいくつかの予定の準備。やはりワシントンDCの空気はNYとは随分と違う。

9月29日(木) 朝9時半チェックアウト。DC市内は雨が降り続いている。ダラス空港へ。成田への長い、長い帰途。アメリカへの往路で時差調整に失敗したので、復路は自然体で成り行きに任せることにする。ワシントンポスト紙を読んでいたら、第2回目のテレビ討論でトランプは、ヒラリー・クリントンの夫のビル・クリントンの不倫問題を取り上げるだろうと。ますますエゲツないリアリティTVショーになるだろう。だが視聴率は上がるかも。次回はタウンホールミーティング方式だし。何がまともで、何がまともでないか。

 機内でイギリス映画『奇蹟がくれた数式』と、2回目の『シン・ゴジラ』、エリック・クラプトンの去年5月ロイヤル・アルバート・ホールでのコンサート『Slowhand at 70』をみる。

9月30日(金) 成田空港に15時半到着。やっぱりアメリカ東海岸は遠い。品川・荏原のトーク&ライブ・イベント会場へ直行。18時半から沖縄民謡の第一人者・大工哲弘さんとの沖縄を考え感じるためのトーク&ライブ。お客さんが何とかたくさん来てくれた。330人。後ろに立見の人も。Iさんらの努力のたまもの。素直に嬉しい。大工さんの歌は本当に心地いい。自分の下手な三線にも大工さんが助け舟を出していただいたが、最悪の状態に近く、三線を教えていただいたFさんに申し訳ない。簡単な打ち上げ後、5日ぶりに帰宅。

ローカルテレビ局のこころざしの高さと、サルトルと…

10月1日(土) 『報道特集』の生放送日。富山の仲間チューリップテレビの調査報道の胸をはれる成果、富山市議会の政務活動費スキャンダルと、米大統領選挙テレビ討論の2本立て。富山市議会のストーリーが圧倒的に面白い。地域に根をはるローカルテレビ局のこころざしの高さに敬服する。若手を束ねるHさんらのチームワークのよさにも考えるところ大。今日で番組のADさん2人が去った。社員の異動の歓送迎会。途中で辞去。考えてみたら、もう10月か。今年もあと3か月しかないのだ。深夜、Y、Y、N。坂本龍一の『怒り』サントラ版CDを聴く。

10月2日(日) 山形へ。テレビユー山形のHさん、S大兄らと合流。M、S、自分の計5人組の珍道中。お天気に恵まれる。新幹線車中で、いしだ壱成の回想を読む。父親の石田純一も60年代末期カウンターカルチュアの申し子だった。おいしいお蕎麦屋さん。山寺。タケダワイナリー。テレビユー山形へ表敬訪問。

 夜、先日見損ねた「報道の魂」の『みんなサルトルの弟子だった…』をみる。今、サルトルをテレビにしようとしている人間は、秋山浩之以外にいないんじゃないか。そう言えば、7月15日に山の上ホテルで開かれた『渋澤龍彦を偲ぶ会』でお会いした人文書院の編集者の女性が、「秋山さんという人が編集部を訪ねて来られ、今サルトルをやりたいんですという話を聞いて驚いた」と言っていたな。知識人と学者の違いなど、今まさに問われている問題で、面白い。タケダワイナリーで一升瓶の蔵王スター赤を買う。これが美味いのだ。 (つづく)

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筆者

金平茂紀

金平茂紀(かねひら・しげのり) TBS報道局記者、キャスター、ディレクター

TBS報道局記者・キャスター・ディレクター。1953年、北海道生まれ。東京大学文学部卒。1977年、TBSに入社、報道局社会部記者を経て、モスクワ支局長、「筑紫哲也NEWS23」担当デスク、ワシントン支局長、報道局長、アメリカ総局長、コロンビア大学客員研究員などを経て、2010年より「報道特集」キャスター。2004年、ボーン・上田記念国際記者賞受賞。著書に『沖縄ワジワジー通信』(七つ森書館)、『ロシアより愛を込めて――モスクワ特派員滞在日誌 1991-1994』(筑摩書房)、『二十三時的――NEWS23 diary 2000-2002』(スイッチ・パブリッシング)など。共著に『テレビはなぜおかしくなったのか<原発・慰安婦・生活保護・尖閣問題〉報道をめぐって>』(高文研)、『内心、「日本は戦争をしたらいい」と思っているあなたへ』(角川書店)など多数。

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