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大隅良典教授はテレジェニック

10月3日(月) 午前9時12分発新幹線で山形から東京に戻る。時折、雨模様のぐずついた天気。早稲田大学の講義とゼミ。今日が後期第1回。講義「政治ジャーナリズムの現在」の学生たちの反応がいい。一方、ゼミでは、なるべく学生がみたことのない作品をみせようと考えて、『あなたは…』(1966年、TBSの萩元晴彦氏、作家の寺山修司らが制作した伝説的なドキュメンタリー作品。街頭などで行った共通質問によるインタビューだけで構成されている)に触発されて2015年の前期に学生たちが自主制作した作品と、2013年の『報道の魂』で未放映となった『ドキュメント東京 2013秋』を途中までみてもらう。後者は、今見ても才気の萌芽が感じられて刺激的な作品だ。

 早稲田からの帰途、今年のノーベル医学生理学賞に大隅良典・東京工業大学栄誉教授が選ばれたとの速報。オートファジーの研究者。記者会見をみていたが、人間的な魅力がある、と同時にテレジェニックな人物にみえた。科学者とは社会とどのような関係を切り結ぶ人々か。敬愛する常石敬一神奈川大学名誉教授から送られてきた『科学』の論文「731部隊:戦争と学術を考える原点として」と、聖教新聞での記事「科学の役割 デュアル・ユースの時代に」を読む。大いに触発される。

10月4日(火) 時差ぼけがとれず早朝に目が覚める。早朝からノーベル賞の受賞で大隅教授がNHKの朝番組に生出演していた。眠そうだ。まだ祝杯もあげておらず、早く「飲んだくれたい」と本音を漏らしていた。いいな。基礎研究の分野に今の政府は冷たい。

 10時、局で定例会議。役所の会議のようになって久しい。何とかしなければ。「月刊クレスコ」の原稿。NとCS「ニュースの視点」打ち合わせ。デンマーク映画『ある戦争』をめぐって。高速増殖炉もんじゅと新潟県知事選挙取材の準備。沖縄取材打ち合わせ。19時から青山スパイラルホールでチェコの「ヴェルテダンス&イジー・ハヴェルカ&クラリネットファクトリー」公演。靴が地に貼りついて、どんなに前に進もうとしても全く前に進めないというダンス表現は、チェコを含むある時期の東欧の暗喩のようにもみえる。

敦賀の「つげ義春の宿」で

朴保(パクポー)拡大朴保(パクポー)
10月5日(水) 取材の日程が固まらず少々困惑。とりあえず1泊分の出張の支度をして家を出る。かつて『もんじゅをとめよう』を歌っていたシンガー朴保(パクポー)のCDを家で探すがみつからない。「もんじゅを もんじゅを もんじゅを とめよう 母なる地球が泣いている」のリフレインが心に残るいい曲だった。

 先週オンエアのチューリップテレビの取材(富山市議会の政務活動費スキャンダル)に対していろいろな反響が聞こえてきた。大部分は称賛の声だ。まともに汗を流した取材には力がある。緊張感の感じられない大物インタビューとはわけが違うのだ。

 午後6時半の新幹線で米原へ。台風のなか車で敦賀へ。もんじゅの取材。宿に着いたのがもう夜の10時近く。○○○旅館という名前の宿は、何だか、つげ義春の世界に通じるものがあった。共同使用の浴室(男性用)が2階に、1階に女性用の共同使用の浴室がある。入ろうとしたらバスクリンの湯に体毛が浮いていた。6畳の和室に煎餅蒲団がしんみりと敷かれてあった。これはなかなか寝つけないかな、と思って1階のビール自販機の所に行ったが壊れていた。それで外に出てみると、通りに人影が全くなく自販機もコンビニも何にもない。台風の接近で風が強くなっている。とぼとぼ道を15分ほど歩いて行ったが結局誰とも会わず何もなかった。何だか漂流気分が増してきた。

10月6日(木) 朝6時半に、つげ義春の宿で朝飯を食べて7時に宿を出発。Kディレクターら3名のチーム。もんじゅの取材。台風が心配だったが、去ってくれて何とかなった。もんじゅ廃炉は、地元敦賀にとっては「複雑な」受け止め方をされている、というようなステレオタイプの両論併記的な報道には閉口だが、現地に来てみなければわからないリアリズムというものがある。もんじゅがどのような場所にあるのか。まわりにはどんな集落があるのか。どれくらい孤絶した風景となっているのか。正面ゲートでは非常に厳しい警備が実施されていた。公道で撮影していたらすぐに警備員が走ってきた。どこの社か誰何された。白木地区という直近の集落は現在15世帯があるのみ。そこで取材。畑で作業していた84歳のおばあちゃんの話。息子さんはもんじゅの「機構」関連の仕事をしていて、今は出張先の福島で働いているそうだ。それに地区の長老の話。それぞれ重みがあった。

 敦賀市内に移動。交付金で建てられたハコモノなどの取材。市の中心部にあるアクアトムという展望台を兼ねた施設。もんじゅの運営主体である「機構」の施設だが、4年前に閉鎖されたままだ。そのデザインが笑ってしまうほど東京・お台場にある某テレビ局にそっくり。アクアトムは、西方寺という貴重な史跡の跡地に建てられた。現代の「愚者の塔」ではないか。

 11時58分米原発の新幹線で東京へ。新幹線車両に乗り込む直前に立ち食いそば。昨夜からろくに食べていない。15時からのCSニュースバード「ニュースの視点」のオンエアにギリギリ間に合う。デンマーク映画『ある戦争』をめぐって。かつてのデンマーク映画『アルマジロ』の強烈な記憶に比べれば、映像の衝撃度は及ばないかもしれないが、戦争の犯罪性を考える深さという点では、力作であることは間違いない。あっという間の45分。夜N。

山本義隆『私の1960年代』(金曜日)拡大山本義隆『私の1960年代』(金曜日)=筆者提供
10月7日(金) 早朝、日本学術会議前の軍学協同への抗議行動を取材。10人あまりの学者たちがビラ配りとアピール。SさんやKさん、香山リカさんもいた。山本義隆が半世紀以上前に告発していた根源的な問題は、もっと深刻な状況になってしまった。山本の『私の1960年代』には、当時、山本らが作ったビラが採録されていて、それを読むと学問研究の本質に関わる異議申し立てが行われていたことが再確認できる。

再考――山本義隆と1960年代(WEBRONZA)

 ちょっと眠い。NHKや民放各局のお昼のニュースをみていたら、トップニュースは、リオ五輪のメダリストの凱旋パレードだった。何だかなあ。

 午後、新潟県の泉田知事へのインタビュー。少々苛立つ。地元紙との対立は修復絶対不可能のレベルにまで達していることがわかった。そのために肝心のテーマ「原発」が後景に退きがちになるほどだ。柏崎刈羽原発の地元である新潟で、原発が争点にならない知事選挙になるのだろうか。有権者がどういう判断をするのか。

 夕方、明治大学で沖縄を考える集会。翁長知事が姿をみせた。そのあと県の訴訟団の総括が延々と続いていた。今日、鶴保という沖縄担当大臣が会見で釈明。基地と振興策をリンクすると明言していたことに反発が出たことを受けて。何だか不敵な態度にみえる。神保町から新宿を漂流。久しぶりに湯浅学さんと話をする。

爆発的噴火の阿蘇、熊本へ

10月8日(土) 朝、家を出るや雨が強まる。「報道特集」の放映日。いつもより30分早いスタート。期首編成のオールスター感謝祭のため。中国の人権活動家らに対する弾圧をめぐる特集と、原発をめぐる最近の動きのラウンドアップ。急遽、熊本行きの話。今日の未明、阿蘇山中岳が爆発的噴火。熊本県にとって、自然はあまりに非情だ。オンエア後にNら。言いたいことを言い合える環境がいかに大切かを再確認する。

10月9日(日) 朝8時40分発の便で熊本へ。熊本地震から半年というタイミングで何か発信することが大切なことだという思いがある。いくつかのスケジュールを無理を承知でキャンセル。 やはり、きのう阿蘇山中岳が36年ぶりに爆発的噴火をしたことが大きい。熊本は今年幾度となく試練を迎えた。行かなければならないという気持ちが刻々と募ってきたのだ。

リンゴ拡大リンゴも火山灰をかぶってしまった=阿蘇市西町(撮影・朝日新聞社)
 阿蘇市が近づくにつれて、徐々に風景が変わってきた。だが想像していたよりも局所的な噴火被害だった。熊本市内などは全く被害が及んでいない。大量の火山灰はきのう降った強い雨で洗い流された個所もあるが、逆にセメントみたいに屋根や雨どいに貼りついている所も。またかなり大きな噴石も降ってきたようだった。

 物理的被害、農作物の被害、観光の被害という3つの側面から10か所以上取材を進める。波野村のキャベツ畑の被害を取材してわかったが、本当に火山灰と噴石がキャベツの葉のなかに入りこんでしまっているのだった。78歳の老婆が中心になって、7、8人の農夫たちが畑でキャベツの外側の葉っぱをむいて、無傷の芯の部分を「救い出して」収穫していた。老婆のほかに作業にあたっていたのはフィリピンから来ていた7人の若い男たちだった。聞くと農業研修生だという。ぶっ続けで取材をして若干疲れた。熊本市内に投宿。RKK熊本放送に挨拶。旧知のMさんがいた。

10月10日(月) 午前7時にチェックアウトして益城町へ。世間的には3連休の最終日。熊本は好天に恵まれ絶好の観光日和。噴火が恨めしいだろう。これまで何度か取材で足を運んできた益城総合体育館へ。ここも避難所は今月末で閉鎖される。かつては足の踏み場もないほど被災者が身を寄せていたこの体育館も、今はまばら。仮設住宅の入居を待っているか、何らかの事情で行き場のない人々だけが残っている。その後、益城町で最も被害の甚大だった地区を訪ねたが、まだ凄惨な光景のままだ。

 空港へ移動、待合室でみたNHKニュースでアンジェイ・ワイダ死去を知る。その後ネットで米大統領選第2回テレビ討論のはじめの部分をみる。何だか1回目の時とは雰囲気が違うな。トランプがそこそこ反撃している。東京へ戻るANAの機内、移動中にこれまで愛聴していた『クラシカル・ウェーヴ』という長寿番組が今月一杯で終了だと司会の八塩圭子が言っていた。ええっ? 最後の今月はワーグナー特集だとかで、フィナーレは楽劇『トリスタンとイゾルデ』。何だかさみしいな。

 早稲田の講義&ゼミ。ゼミ教室でAV機材をオンにしたら、突然、「バリコレ」という『バリバラ』の特別版イベント(ファッションショー)をテレビで生中継していた。ちょっと驚き。それでその後、RKB毎日のドキュメンタリスト木村栄文の『あいラブ優ちゃん』(1976年)をみることにした。すぐれた作品は残る。 (つづく)

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筆者

金平茂紀

金平茂紀(かねひら・しげのり) TBS報道局記者、キャスター、ディレクター

TBS報道局記者・キャスター・ディレクター。1953年、北海道生まれ。東京大学文学部卒。1977年、TBSに入社、報道局社会部記者を経て、モスクワ支局長、「筑紫哲也NEWS23」担当デスク、ワシントン支局長、報道局長、アメリカ総局長、コロンビア大学客員研究員などを経て、2010年より「報道特集」キャスター。2004年、ボーン・上田記念国際記者賞受賞。著書に『沖縄ワジワジー通信』(七つ森書館)、『ロシアより愛を込めて――モスクワ特派員滞在日誌 1991-1994』(筑摩書房)、『二十三時的――NEWS23 diary 2000-2002』(スイッチ・パブリッシング)など。共著に『テレビはなぜおかしくなったのか<原発・慰安婦・生活保護・尖閣問題〉報道をめぐって>』(高文研)、『内心、「日本は戦争をしたらいい」と思っているあなたへ』(角川書店)など多数。

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