新垣毅(あらかき・つよし) 琉球新報社東京報道部長
1971年生まれ。沖縄県那覇市出身。著書に『沖縄の自己決定権――その歴史的根拠と近未来の展望』(高文研、2015年)。
※プロフィールは、論座に執筆した当時のものです
松井一郎大阪府知事、鶴保庸介沖縄担当相の見事な「お手本」
東京沖縄県人会創立60周年記念フォーラムと「人間国宝」を迎えての沖縄芸能フェスティバル2016のご案内
沖縄本島北部で進められている米軍のヘリパッド建設現場で、大阪府警から派遣された機動隊員が、建設に抗議する市民に向かって「土人」「シナ人」と差別発言をした。沖縄県警は機動隊員の発言について「極めて遺憾だ」として謝罪した。だが、この件で、波紋をさらに広げたのが、松井一郎大阪府知事のツイッターへの投稿だ。
「ネットでの映像を見ましたが、表現が不適切だとしても、大阪府警の警官が一生懸命命令に従い職務を遂行していたのがわかりました。出張ご苦労様」
機動隊員を、こう擁護したことに対し、大阪府庁には知事を批判する電話やメールが1000件以上寄せられたという。機動隊員の発言もさることながら、府知事の言葉にも、多くのウチナーンチュ(沖縄人)が深く傷付いたに違いない。
しかし、松井府知事は「もともと混乱地で、無用な衝突を避けるために、警察官が全国から動員されている。じゃあ、混乱を引き起こしているのはどちらなんですか」「反対派の皆さんもね、その反対行動、あまりにも過激なんじゃないか」などと記者団に述べたという。
松井知事はいまだに擁護発言を撤回していないし、それによってウチナーンチュを傷付けたことに謝罪もない。
警察官は、社会の秩序を守り、反社会的行為を取り締まる最前線で働き、社会の手本たる役割を期待されている公務員だ。現場で市民が機動隊員に激しい言葉を浴びせることもあるだろうが、そこで警察官が差別発言をしていいという理由はどこにもない。
現場の機動隊員は、市民とは比較にならない権力を持っている。その警察官の差別発言と、市民の激しい言葉を同列に扱い、市民側にも責任があるかのような見方は、双方の圧倒的な力の差という本質から目を背けた形式論に映る。
実際、現場の機動隊員は暴力的に市民を排除し、市民のけが人が続出している。市民は「触れただけでも『公務執行妨害』と言われて逮捕される」と、戦々恐々としているのである。
松井知事は「(発言した)彼自身、命令に従って沖縄のために無用な衝突が起こらないように職務を遂行しているわけで、あまりにも個人を特定されて、大メディアも含めて徹底的にたたく。これやり過ぎでしょう」とも述べている。発言した警察官への報道が個人攻撃になっているとの見方だ。
その言葉もふに落ちない。知事は機動隊員の発言に直接的な監督責任はないとしても、大阪府のトップとして責任を感じ、謝罪の言葉があってもいいはずだ。機動隊員「個人」を責めるべきではないと強調すればするほど、その意図がいくら彼の擁護であっても、結果として、責任は自分にはまったくなく、機動隊員だけにあるかのように聞こえてしまうのは私だけだろうか。もし会社のトップがそんな上司だったら、私はその下で働きたいとは思わない。
ここからが本題だ。松井氏は「混乱を引き起こしているのはどちらなんですか」という“そもそも論”をぶちまけている。市民が「過激」だとして、「混乱」を市民のせいにしているが、そう言うのなら
論座ではこんな記事も人気です。もう読みましたか?