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米大統領選ーなぜ間違ったのかをじっくり考えた

アメリカの3人の大学教授は独自の予測モデルで「トランプ勝利」を見事に予想していた

芦澤久仁子 アメリカン大学講師(国際関係論)及びジャパンプログラムコーディネーター

ほとんどが「クリントンが小差で勝ち抜く」と予想した

トランプ・タワーのロビーには報道陣が連日つめかけている=ニューヨーク拡大トランプ・タワーのロビーには報道陣が連日つめかけている=ニューヨーク

 「どう思う?」、「正直言って心配」、「同じく」

 「でも、彼女がギリギリで勝つよ」、「本当にそうなって欲しいよ(I really, really hope so!)」。

 この2カ月ほど、ワシントンDCに住む、私のまわりで、しばしば行われた会話である。

 「彼女」とは、先日のアメリカ大統領選の民主党候補だったヒラリー・クリントン氏。会話の主は、大学、シンクタンク、政府および国際機関に務める外交・国際関係を専門にしている人達。投票者の93%がクリントン氏を選んだワシントンでは、同じような会話がいろいろな場所で行われていただろう。

 結果は、周知の通り、共和党のドナルド・トランプ候補者の勝利。多くのワシントニアンが、がっくりと肩を落とした。

 上記の会話が象徴するように、今回の大統領選の大ニュースは、行政経験が皆無で、差別的な暴言を繰り返したトランプ氏が選ばれたことだけではなく、主要メディア、政治コメンテーター、その他の知識人たちが一様に、クリントン氏が小差で勝ち抜く、と予想していた事である。投票当日のトランプ陣営さえも、同様の予想をしていたと報じられている。

 なぜ、トランプ氏勝利を、ちゃんと予想出来なかったのだろうか?

世論調査・選挙予測分析・専門インターネットサイトが総崩れ

 まず思いつくのは、選挙期間中に継続的に発表された世論調査と、それらをもとにした選挙予測分析のエラー。例えば、ワシントン・ポストとABC共同の世論調査(6月から投票直前まで)では、全国レベルでのクリントン氏支持は、トランプ氏を平均4ポイントで、リードしていた。大衆紙のUSAトゥデーの調査も同様で、投票日直前の時点でクリントン氏が3.3ポイントのリードだった。

 さらに、ニューヨークタイムズやハフィントンポストなどは、自社の世論調査を独自の統計分析モデルにかけることによって、各候補者が勝利する確率を定期的に発表していた。ニューヨークタイムズの場合、7月からのクリントン氏の勝率は、70%後半から80%の半ばを行き来し(100%で勝利確実)、投票日直前の発表は85%。トランプ氏の勝率は15%だった。ハフィントンポストによる投票直前の分析では、クリントン氏は98%の確率で勝つことが予想されていた。

 こういった主要メディアに加えて、プリンストン大学など、いくつかの大学も独自の選挙予測分析をしていたが、さらに重要な役割をしたのが、選挙予測分析を専門とするインターネットサイト。「ファイヴ・サーティ・エイト」「リアル・クリアー・ポリティクス」「プレディクト・ワイズ」「デイリー・コス」「270・トュー・ウィン」などで、選挙予測と関連情報を随時アップデートしていた。

 中でも、2008年に設立された「ファイブ・サーティ・エイト」の影響力は大きく、ケーブルニュースのコメンテーターや主要新聞が、このサイトの分析を頻繁に言及していた。私のまわりのワシントン外交関係者達の間でも、「最新のファイブ・サーティ・エイトの分析だと...」という会話がしばしば行われた。

(ファイブ・サーティ・エイト http://projects.fivethirtyeight.com/2016-election-forecast/)

 この「ファイブ・サーティ・エイト」も選挙期間中を通して、クリントン氏の勝利を予測。投票日直前の予測では、クリントン氏の勝率が71.4%、トランプ氏は28.6%。その他の予測サイトも、一様にクリントン氏の勝利を予想していた。

全体投票率ではクリントンが勝っていた

 選挙の結果を受けて、世論調査と選挙予測の専門家達は、今やっきになって失敗要因を分析している。ちゃんとした結果を出すには、数カ月は必要だという。

 ただ、暫(ざん)定的な分析が、すでにいくつか出ているので、それを以下に紹介するが、その前に、ひとつだけ指摘したいのは、彼らの予想が100%間違いだったというわけではないという点だ。

 実は、国民全体の得票数では、クリントン氏は200万票の差でトランプ氏に勝っていた(この原稿の執筆の時点で、カリフォルニア州などでまだ開票が続いているため、さらに差は広がる)。従って、州別ではなく、全国レベルで「誰に投票するか」という比較的単純な世論調査に限って言えば、おおむね正確だったのである。

 しかし、アメリカの大統領選のシステムは、選挙人制度(各州に選挙人の数が割り当てられ、2州をのぞいて、勝者総取り方式)を採用しているため、選挙人の合計数では、トランプ氏が過半数を獲得して大統領になったわけである。ちなみに、前述の選挙予測サイト「ファイブ・スリー・エイト」のタイトルは、選挙人の総数538人からきている。

 まあ、これは、負け犬の遠ぼえの感もあるが、クリントン氏が、単純な国民投票としてはギリギリで勝っていたことは、覚えておきたい。

予想外の低投票率と「隠れトランプ」現象

 翻って、世論調査ベースの予測失敗の理由であるが、主に以下の3点が指摘されている。

 一つ目は、全体の投票率が予想以上に低かったこと。本稿の執筆時点で発表されている推定投票率は55%。これは、2008年の64%、前回2012年の60%を大幅に下回り、この20年間で最低の投票率を記録した。

 上記の予測分析は、投票率の低下をある程度想定したフォーミュラ設定をしていたが、55%までとは予期していなかったらしい。従って、全体の統計分析に微妙な歪(ゆが)みが出たという理由である。

 2点目は、いわゆる「隠れトランプ投票者」現象。世論調査は基本的に電話で行われるが、その際に、「クリントン氏に投票する」または「今回は投票しない」と答えながら、実際はトランプ氏に投票したのではないかという問題である。トランプ氏の数重なる差別発言・暴言を受けて、彼に投票すると表だって言えなかったというわけだ。

 しかし、この説明については、専門家達の意見はまだ割れているのが現状。「トランプ支持者は熱狂的だったから『隠れ』はしない」、「証明出来るのか」という疑問がでている。確かに、証明するとしたら、調査対象者達それぞれに戻って調べなければならないので、かなり困難だ。

 ただ、ヒントとなりそうなのは、南カリフォルニア大学とロサンゼルス・タイムス紙共同の世論調査「デイブレーク」。実は、投票日直前にトランプ氏の勝利(3.2ポイント差)を予想した、唯一の世論調査である。

 この「デイブレーク」は、オンライン方式の調査をしており、調査期間の4カ月間、常に、他の世論調査と比べてトランプ氏が優勢の結果を出しており、アウトライヤー(外れ値)と呼ばれていた。オンラインだと本音を言いやすい、という点を考えると、「隠れトランプ」説を裏付ける例と見ることが出来る。

(「デイブレーク」 http://cesrusc.org/election/)

白人労働者層に接触出来なかった

 3点目の指摘は、今回のトランプ氏勝利の原動力と言われる、「白人の低所得・労働者達」の世論調査データ数が、他のグループに比べて少なかったのではないかという問題である。

 これは、選挙予測を州別で比べると、白人の労働者層が多く住む地域での予想結果が、他の地域よりも、目立って間違っていたことを受けての説だ。つまり、カリフォルニア州、コロラド州、フロリダ州などの予測は比較的正確だったのに、ウィスコンシン州、ミシガン州、インディアナ州、ペンシルベニア州、オハイオ州といった、いわゆる「ラストベルト」と呼ばれる州の予測が、大きく外れていたのだ。

 ラストベルト州に多く住む、白人労働者達は、炭坑、鉄工所、製造所などでの仕事を失い、安定した仕事につけないために転居の頻度が高く、電話や訪問での調査が物理的に難しかった。さらに、彼らは長年の忠実な民主党支持だったのにも関わらず、今回はトランプ支持を考えていたので、それを言うのが嫌で、調査されること自体を拒否したのかも、考えられる。「隠れトランプ」の一種である。

 結果として、この白人労働者層のサンプル数が十分に集められず、正確な予想が出来なかったというわけだ。

 この指摘が正しいかは、さらなる調査分析が必要だが、かなり説得色のある説明だと思う。また、一般的な世論調査の傾向として、学歴が低くなるにつれて回答率が低くなるとされていたので、その流れとも一致する。

トランプ勝利を予想していた人達

 ただ、マスメディアの政治専門家達やその他の知識人が、こぞってクリントン氏勝利を予想した原因を、単なる世論調査のデータ収集や予測モデルに関する、テクニカルな問題だけに押しつけるのは、やや短絡であろう。

 というのも、前述の「デイブレーク」以外にも、トランプ氏の勝利を予測していた人達が、少数ながら存在していたからだ。

 アラン・リヒトマン教授(アメリカン大学)、レイ・フェア教授(イエール大学)、ヘルムート・ノーポス教授(ストーニーブルック大学)の3人が、独自の予測モデルを作って、共和党・トランプ氏の勝利を見事に予想していた。

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筆者

芦澤久仁子

芦澤久仁子(あしざわ・くにこ) アメリカン大学講師(国際関係論)及びジャパンプログラムコーディネーター

ワシントンDC在住。東京生まれ。慶応大学経済学部卒業。テレビ東京勤務後(ニュース番組制作等担当)渡米。2005年にタフツ大学フレッチャー法律外交大学院博士課程(国際関係論)を終了し、英国オックスフォードブルックス大学(准教授)を経て2012年から現職。また、米国ウッドローウイルソン国際学術センター、東西センター、ライシャワー東アジア研究所に招聘研究員として滞在。主な研究分野は日本外交、日米関係、アジア地域機構、グローバルガバナンス。研究論文は、International Studies Review, Pacific Review, Journal of Peacebuilding and Development等の英文学術誌および編著本に多数発表。著書、Japan, the U.S. and Regional Institution-Building in the New Asia: When Identity Matter (Palgrave McMillan)が、2015年度大平正芳記念賞を受賞。

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