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「明治150年」というタイムスパンで

 この連載では、いま私たちが注視すべき国内外の政治トピックを取り上げながら、少し自由自在に時間を移動してみたいと思っています。

 出発点は現在進行形の時事問題ですが、過去に遡ったり現在に戻ったり、あるいは未来に眼差しを向けたりという時間軸の「往還運動」をしながら、俎上にのせたトピックについて、その歴史的な重みやコンテキスト(文脈)をクリアにしていこうと思うのです。そうした往還運動によって、いま日本という国が抱えている極めて重大な問題が、より鮮明に浮かび上がってくることでしょう。

 その際に、私が意識する重要な視点の一つは「明治150年」というタイムスパンです。2015年は「戦後70年」という節目で、近代日本を再評価する試みがいたるところでなされましたが、明治改元から150年目となる2018年が近づき、「明治を言祝(ことほ)ぐ」機運が高まりつつあります。たとえば、明治天皇の誕生日である11月3日の「文化の日」を「明治の日」に改称しようとする保守系の運動などは、その典型です。

 けれども、明治という近代日本の始まりの時期が、果たして本当にもろ手を挙げて「言祝ぐ」だけでよい時間だったのかどうか。今日にいたる近代日本の歩みは、明るさに満ちた単純なかたちとしてだけでは、決して語れないものでしょう。

 その意味でも、「明治150年」というタイムスパンのなかで、いま起きている政治問題を、改めて歴史の厚みのなかに位置づけ直して、考えていく必要があると思うのです。

「新しい反復」として理解すること

 いま国内外で、ある種の「歴史の隔世遺伝」が起きているのではないでしょうか。同じような政治トピックがかたちを変えて反復されています。

 たとえば、日本では2016年10月に「土人」という差別発言が問題化しました。沖縄県東村の米軍北部訓練場ヘリパッド移設工事で、警備にあたっていた大阪府警の男性機動隊員2人が、抗議する人たちに向かって「土人」「シナ人」などと暴言をはいたのです。さらに、大阪府知事や沖縄担当の大臣がこの問題について、まったく無理解な態度を示しました。

 私には、今日の沖縄で起こった「土人」発言問題が20世紀初頭にあった「人類館事件」の反復に思えてなりません。 ・・・ログインして読む
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筆者

姜尚中

姜尚中(カン・サンジュン) 東京大学名誉教授、熊本県立劇場館長兼理事長

1950年、熊本県熊本市生まれ。国際基督教大学准教授、東京大学大学院情報学環・学際情報学府教授、聖学院大学学長などを経て現職。専攻は政治学、政治思想史。『逆境からの仕事学』(NHK出版新書)、『世界「最終」戦争論——近代の終焉を超えて(集英社新書、共著)、『姜尚中と読む夏目漱石』(岩波ジュニア新書)など著書・共著多数。

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