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慰霊を装った真珠湾の政治利用は許されない

真珠湾奇襲と原爆投下の歴史的事実の解明が日米の国民的和解につながる

柴山哲也 ジャーナリスト

 安倍首相がオバマ大統領と共にハワイの真珠湾を日本の首相として初めて訪問し、75年前の日本の奇襲攻撃の犠牲者の霊に献花するというニュースが、年末の日米世論を揺さぶっている。ハワイで開かれた今年の12月7日(現地時間)の75周年パールハーバー・メモリアルデーには生き残った退役軍人約4000人が参列して追悼式典を行ったが、参加者数は例年よりも多く、安倍首相の訪問への関心が高まっている。

拡大真珠湾攻撃の追悼式典で、敬礼する元軍人ら=ホノルル
 今年8月にはオバマ大統領が米国大統領として初めて、広島の原爆ドームを訪問し、原爆犠牲者の霊に献花した。このときアメリカの世論の多数派は謝罪はしないように強く求めた。しかし多くの日本国民と原爆犠牲者たちは心の中で大統領の謝罪を期待していた。

 今回の安倍首相の真珠湾訪問はオバマ大統領の広島訪問への返礼という考え方がある。オバマ氏とは正反対の立場に安倍首相は立つことになる。日本の真珠湾奇襲は国際的には宣戦布告なき卑劣な戦争とみなされており、開戦に関する国際条約(ハーグ条約)に違反するものだ。当然ながらアメリカの世論は安倍氏の謝罪を求めている。しかし菅官房長官は「首相の真珠湾訪問で謝罪はしない」と言っている。

 謝罪の言葉はなかったとしても、オバマ氏の広島訪問も、安倍氏の真珠湾訪問も、現職の首脳が初めてその地に立ち献花したという歴史的意味はある。オバマ氏の広島慰霊は日本人の心の傷を和らげたし、安倍氏の真珠湾訪問もハワイ住民やアメリカ人の心をいくぶんでも癒やすことにはなろう。

いまなぜ真珠湾なのか

 しかしいまなぜ真珠湾なのか。そこから新たな国際問題がスタートする。日米同盟と口ではいいながら、両国の首脳が決して訪れたことがなかったいわば「負の聖域」はこれによって正常化されるチャンスが生まれることになる。しかし本当の日米和解がこれで成就され、相互理解に立つ対等な日米関係に発展しうるかというと、まったく不透明だ。

 訪問発表の翌日の新聞各紙朝刊は一面トップでこのニュースを書き、ワシントンポストなど米国の大新聞もいち早く報じたが、「首相の意図は、真珠湾効果による支持率アップを狙う選挙対策ではないか」という観測も伝えた。また6日付『日刊ゲンダイ』は「プーチン大統領訪日で期待された北方領土返還交渉が失敗したので、首相は真珠湾に乗り換えて世論にアピールし、年明け総選挙を狙っている」という趣旨の辛辣な批判をした。

 こうした観測がデマであればいいが、もし当たっているのなら、かなり怖い話になる。トランプ次期大統領の強力な支援団体でもある米退役軍人会は安倍氏が真珠湾で謝罪することを期待している。私はハワイ滞在中に退役軍人のパレードを見たことがあるが、もし彼らの意図に反した真珠湾の政治利用が行われれば、その怒りは半端なものではないだろう。彼らは国際条約違反の真珠湾奇襲に対する正義の報復を行い、太平洋戦争を勝利したと信じている。

 海上にあるアリゾナ記念館(USSアリゾナ・メモリアル)は、真珠湾奇襲で犠牲になった戦艦アリゾナの米軍兵士を追悼するモニュメントであり、真珠湾歴史公園にある諸施設は日本軍の奇襲で命を落とした米軍兵士と民間人を慰霊する米国立の施設である。

 海上のアリゾナ・メモリアルに向かう真珠湾の入り口に、日の丸の零戦が真珠湾を襲ってくる巨大な絵画が掲げてあり、「もしあの日、あの時間に、あなたがここにいたとしたら」と書いたパネルに軍人や民間人の犠牲者たちの肖像写真が飾ってある。まだ暁の眠りの中にいた戦艦アリゾナの海軍兵士1000人余の死者の名前が刻まれた記念館の下の海底には、いまもアリゾナの巨体が横たわっている。

 そのアリゾナ・メモリアルの前の海上には、かつて日本の降伏の調印が行われた戦艦ミズーリが記念館として公開されており、沈没したアリゾナを守るような格好で船首を向けている。

「純粋な」戦没者慰霊の表明を

 今回の安倍首相の真珠湾訪問は、「純粋な」戦没者慰霊の表明でなければならない点を、まずは指摘しておきたい。慰霊を装った真珠湾の政治利用はご法度だということを肝に銘じなければならない。いわば「負の遺産」外交の展開には、相手方に対する細心な配慮が必要なのだ。

 第二の論点に移る。日本の識者や歴史家たちがしきりに唱える「真珠湾と原爆の相殺和解論」というものがある。

 日本は国際条約違反の宣戦布告なき真珠湾奇襲攻撃をしたが、アメリカも大量の殺傷能力や後遺症で深刻な人道上の問題がある核兵器を使ったことは国際条約違反なので、この両者を相殺することで日米の和解ができる、という論理だ。昨年、フジテレビのBSプライムニュースの番組で真珠湾デーの討論に私が加わったとき、秦郁彦さん、三浦瑠璃さんがこの説を唱えていたが、私は違うと考えている。

真珠湾と原爆の「相殺和解論」は疑問

 一見、理屈に合うように見えるが、戦争の実態を考える上でのこうした相殺論はあまりにお手軽な形式論だと思うからだ。それぞれの戦争には細部のディテールや異なる事実の蓄積が存在しているのだから、そうした歴史的事実を丹念に調べて行かなければ、戦争の全体像はつかめないし見えてこない。真珠湾奇襲に至るプロセスの中には日本側が隠蔽してきた事実が存在する。宣戦布告(通告)が遅れたのは、駐米大使館の事務処理遅れと怠慢の結果で、日本側には無通告の意図はなかったという通説がある。しかしこの通説には間違いがある。仔細に調べてゆくと、駐米大使館はスケープゴートに使われており、日本側には無通告奇襲の意志があった。

 しかし東京裁判で日本の宣戦布告なき真珠湾奇襲は問題にはされたが、罪状として裁かれなかった。裁判で米国側は日本側が唱える駐米大使館怠慢説を疑問視してはいたが、証拠が不十分だったこともある。さらに米国側も原爆投下を正当化する論理を見いだしていなかったので、国際条約違反で争うことはあえてしなかったと思われる。

 しかし神は細部に宿るのだ。歴史研究が進化し、新しい事実が発掘されると、通説が覆ることはよくある。75周年の真珠湾奇襲もそのような現実に直面している。

 日米和解のプロセスも同様だ。日米首脳が真珠湾と広島を訪問し合うことは、相互和解のきっかけ作りになるかもしれないが、国の首脳レベルではなく、両国民同士の和解に至る道はなかなか険しいといわざるを得ない。

 なぜなら真珠湾奇襲と原爆投下は全く異なる戦争の局面で起こった事件である。だからこそ、「真珠湾奇襲はなぜ起こったか」、「原爆投下は戦争終結のために本当に必要だったか」、の詳細な事実発掘と検証が必要なのだ。

 アメリカ国民の大半が信じている原爆投下必要論に対しても、ロシアのプーチン大統領などが異論を唱えている。終戦前にルーズベルト、チャーチル、スターリンの連合国3巨頭の間で合意されたヤルタ秘密協定やポツダム宣言時の米英ソの利害確執の葛藤を、プーチン氏は良く知っているに違いない。また近年のアメリカの歴史研究者の間からも原爆投下不要論が出てきている。

 その意味で、細部の歴史の検証もせずに、相い討ちの相殺論で片づけることは、和解どころか、陰謀論や歴史修正主義の温床と迷心を生み、真の意味の平和論が消滅する危険につながる。

 私は新聞社を退職して、ハワイ大学客員研究員やEWC(イースト・ウエスト・センター)客員フェローなどになって、しばらくハワイに滞在したこともあり、ここ20年くらい真珠湾の歴史を調べてきた。

ハワイ系住民や日系人にも多大な損害と心の傷

 真珠湾奇襲を大きな日米戦争の視点からしか日本人は考えないのか、ハワイ住民や日系人にも多大な損害と心の傷を与えていることへの想像力が欠けているように思う。

 パールハーバーには何度か足を運んだ。ホノルル市バスで小一時間かかるが、沿道の景色は楽しい。バスの窓外にはいかにも南国らしいのどかな時が流れている。椰子の木が風にそよぎ、ブーゲンビリアやハイビスカスの花があちこちに咲いている。やがて穏やかで波静かな真珠湾が見えてくる。

 75年前の12月7日、日曜日の早朝、ここに突如、日の丸の零戦がオアフ島の山の上から現れ、2時間にわたって空爆した。ハワイの人たちはまだあの時を忘れてはいない。

 最近亡くなったハワイ州選出の日系2世ダニエル・イノウエ上院議員は、真珠湾が見える日系人エリアに家族と共に住んでいた。その日の早朝、イノウエ少年は教会へ行く準備をしていた。突然、ラジオの臨時ニュースが「日本軍が真珠湾を攻撃!」と怒鳴った。父と外へ飛び出すと日の丸の零戦が上空を飛び、黒煙と炎が上がった。「このバカども!」と日系Ⅰ世の父が叫んだ。

 ダニエル少年が受けた心の傷はなみ大抵ではなかった。日系人はスパイ扱いされた。彼は医師になる夢を棄て、地に落ちた日系人の名誉と米国への忠誠を証明するために第442歩兵部隊への入隊を決意、あえて危険な前線に赴いて戦い、片腕を失った。その勇気と武勲が米軍とアメリカ社会に認められ、日系人の名誉回復に貢献した。戦後、ハワイ州選出の上院議員に選ばれ、米国の著名な政治家として活躍した。(戦時下ハワイ日系人たちの苦闘は拙著『真珠湾の真実』で書いたので参照ください)

 私は今年の秋にもハワイへ行ってきた。昨年暮れに刊行した上記の拙著の不足を補うためだ。ハワイ大学にある関連資料を求め、真珠湾のアリゾナ・メモリアルにも通った。真珠湾歴史公園を統括するプレジデントにも面会して拙著を届けたら、大喜びしてくれて、米海軍の記念メダルをもらった。

 いつも疑問に思うことだが、大勢の観光客が訪問するアリゾナ・メモリアルなのだが、なぜか日本人の姿は少ない。アジア系の観光客はたくさん見かけるが、中国人が多く、台湾人、韓国人、シンガポール人、タイ人などだ。20年以上も前に、最初に真珠湾を訪ねた時は、軍服を着た海軍士官が私に近づいてきて、「あなたは日本人か」ときき、「イエス」と答えると、ニコニコ笑って握手を求めてきた。「真珠湾に日本人が来てくれて嬉しい」と彼は言った。

 世界中で最も真珠湾を忘れているのは日本人ではないか、と思うことがある。アメリカ人は普段はあまり口にしないが、肝心なときにパールハーバーが出てくる。トランプ氏の選挙演説でもしばしば口にしていたし、9.11同時テロの時もテレビキャスターの口をついて出たのが「第2のパールハーバー」という言葉だった。

アメリカ人の心の中に潜む「パールハーバー・シンドローム」

 「日常生活では忘れていても、アメリカ人の心に中には「パールハーバー・シンドローム」がトラウマのように潜んでいる。何か非常事態が起こるとパールハーバー・シンドロームが顔を出す」ということをMIT(マサチューセッツ工科大学)の歴史家ジョン・ダワー教授が語っていたのを思い出す。

 日本人はハワイ好きだから、心の癒やしと素晴らしい自然を求めて、ホテルのロビーやホノルルマラソン、ゴルフやビーチ、結婚式場、レストランにはあふれているのに、なぜ真珠湾には行かないのだろう。それはハワイ住民だけでなく

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筆者

柴山哲也

柴山哲也(しばやま・てつや) ジャーナリスト

同志社大新聞学科大学院を中退後、1970年に朝日新聞記者となり94年に退社。ハワイ大学、シンクタンク東西センター客員研究員等をへて京都女子大教授、立命館大学客員教授。現在はフリーランサー。著書に『日本型メディアシステムの興亡』(ミネルヴァ書房)、『公共放送BBCの研究』(同、編著)、『戦争報道とアメリカ』(PHP新書)、『真珠湾の真実』(平凡社新書)等。