谷田邦一(たにだ・くにいち) ジャーナリスト、シンクタンク研究員
1959年生まれ。90年、朝日新聞社入社。社会部、那覇支局、論説委員、編集委員、長崎総局長などを経て、2021年5月に退社。現在は未来工学研究所(東京)のシニア研究員(非常勤)。主要国の防衛政策から基地問題、軍用技術まで幅広く外交・防衛問題全般に関心がある。防衛大学校と防衛研究所で習得した専門知識を生かし、安全保障問題の新しいアプローチ方法を模索中。
※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです
失望を深める防衛装備庁
安倍政権が日本の武器輸出政策を緩和して2年半。2016年4月、オーストラリアの次期潜水艦をめぐる独仏との受注競争に敗れたのに続き、11月のモディ首相の来日にあわせて防衛省が輸出合意の取り付けに奔走していたインドへの救難飛行艇「US2」の交渉も不調に終わった。
長年続いた武器禁輸政策からの転換の難しさを示すものだが、いったいどこに問題があるのか。世界の軍需市場の動向に詳しいデロイトトーマツコンサルティング(東京都千代田区)のジャック・ミジリー氏(managing director Asia-Pacific defense consulting, Deloitte Touche Tohmatsu)と嵐理恵子さん(associate)に聞いた。
まず今回のUS2の協議結果について簡潔に触れておこう。
US2は、洋上で墜落した航空機の乗員を救助するための航空機。航続距離が長く3メートル近い荒波でも着水できるのが特徴で、新明和工業が製造し、海上自衛隊が人命救助のために運用している。
中国の脅威を意識した日印防衛協力の目玉として、インド海軍向けの輸出協議が2013年から両国の間で始まった。14年4月、武器輸出3原則に代わる防衛装備移転3原則が閣議決定されてからは、「輸出第1号」の最有力候補に挙げられている。ところが日印首脳会談のたびに話題にのぼるものの、交渉の細部で折り合わず持ち越しが繰り返されてきた。
インドにとってのUS2の意義について、嵐さんは話す。
「海上防衛がキーです。日印は安全保障分野での関係を強化しており、15年12月には日印防衛装備品・技術移転協定や日印秘密軍事情報保護協定が署名され、さらに両国間の防衛協力の基盤が強まっています」
ただ輸入機数が12機と少なく、インド側が望む現地生産にかかる初期投資をだれが負担するかなどが焦点になっている。防衛省は今回、モディ首相の来日にあわせて合意を取り付けようと、11月初めに事務次官を現地に派遣し、条件交渉にあたった。
防衛装備庁の担当者は「いい手応えがつかめたようだ」と話していた。米国やインドのメディアの関心も高く、日本側が機体価格を10%値引きし「商談成立」にこぎつけるとの見通しを伝える観測記事が乱れ飛んだ。
ところがふたを開けてみると、インド政府は判断を先延べしてしまっていた。インド国防省の調達委員会が要求元のインド海軍になぜ日本の救難飛行艇が必要なのか、原点に立ち戻って問い合わせているのだという。交渉の行方は再び見通せなくなり、防衛装備庁の幹部らは失望を深めている。
その1人は「インド政府内でどんな話し合いがもたれているのか、ほとんど日本側に伝わってこない。辛抱強く交渉を重ねるしかないが、今回はさすがに当惑している」と落胆ぶりを明かす。オーストラリアの潜水艦商戦に続くUS2の判断先送りのダブルショックに、防衛省内には無力感さえ漂い始めている。
なぜうまくいかないのか。
論座ではこんな記事も人気です。もう読みましたか?