三つどもえ状態のトランプ外交 「アメリカ主導による世界秩序」の終わりが始まった
2017年01月04日
前半の原稿では、トランプ政権誕生を受けてアメリカがどこに向かおうとしているのかを、アメリカ民主主義の問題として考えてみた。
「1」アメリカはどこへ行こうとしているのか?(WEBRONZA)
後半は、アメリカの今後の外交政策にどんな変化が起きるのか、それに対して日本はどうするべきか、をワシントンの現場から考えてみたい。
周知の通り、トランプ氏自身、外交経験は皆無である。国際政治におけるイデオロギーとか政治哲学にも、まったく興味が無いようだ。
それでも、外交ドクトリン(原理原則)と呼べるようなものは、トランプ氏の選挙演説に繰り返し登場してきた。
「アメリカ・ファースト」である。これは、アメリカ国民の利益を最優先する「アメリカ第一主義」。アメリカの直接利益にならない世界の安定とか、逆にアメリカ国民の損になるような自由貿易や気候変動条約にはもうかかわらない、というメッセージでもある。
ただ、これがトランプ「政権」としての外交ドクトリンになるか、というと、話はそう簡単でもない。
というのも、トランプ政権の外交担当者の顔ぶれを見ると、誰もが「アメリカ・ファースト」主義の信奉者というわけではないからだ。
ちなみに、前代未聞の大統領候補者だったトランプ氏。選挙後に徐々に明らかになってきた閣僚メンバーの構成も、同様に前代未聞。その特徴は、大富豪者と元軍人の割合が異常に高いこと。NBCニュースによると、閣僚候補者達の資産(公表分のみ)の合計は、なんと140億ドル(約1兆6000億円)で、オバマ政権の4倍、ジョージ・W・ブッシュ政権の30倍だそうだ。
その中で、外交政策関係ポストに指名されている人物達は、おおまかに三つの派―(1)「アメリカ・ファースト派」、(2)「宗教戦士」、(3)「伝統派」―に分かれる。
最初の「アメリカ・ファースト派」は、トランプ大統領自身と、前回の記事で触れた大統領主席戦略官のスティーブ・バノン氏だ。
2番目の「宗教戦士」派は、国家安全保障補佐官に指名されているマイケル・フリン元国防情報局長。元陸軍中将で、選挙中、トランプ氏の安全保障関係のアドバイザーを勤め、ツイッターでのクリントン氏に対する過激な攻撃で有名となった。
さらに「アメリカの唯一、最大の敵はイスラム過激派」と明言し、アメリカはすでに「世界大戦」をイスラム過激派と戦っていると主張。イスラム教そのものが「がんだ」と言うなど、イスラム教に対して非常に攻撃的。その意味で、まさに「宗教戦士」である。
3番目の「伝統派」は、国防長官に指名されている、ジェームズ・マティス元中央軍事司令官。海兵隊に44年在籍したバリバリの軍人で、その歯に衣着せぬ物言いで「狂犬マティス」というあだ名を持つ。
イスラム国(IS)に対してもっと強攻策をとるべきだ、と主張している点では、「宗教戦士」派と重なるが、アメリカの世界でのリーダーシップとそれを支えてきた同盟関係や国際機構を、引き続き維持するべきだと考えている点が「伝統派」である。バックには、共和党のみならず民主党の外交主流派からの支持がある。
ここで、問題となるのは、国務長官に指名された、石油大手エクソンモービルのレックス・ティラーソン最高経営責任者(CEO)。過去40年のキャリアはずっとエクソンモービルで、公職や外交の経験はなく、どのような外交方針・哲学を持っているのかは、実際のところ明らかではない。
ただ、2013年にロシアから友好勲章を受けるなど、プーティン大統領との結びつきが深い。従って、ロシアとの関係改善を掲げ、同じくビジネスマンであるトランプ氏としては、ティラーソン氏が「アメリカ・ファースト派」側に立って、政権内での「宗教戦士」と「伝統派」とのカウンターバランスになることを期待しているようだ。
つまり、トランプ政権の外交担当者達は、トランプ氏の「アメリカ・ファースト」原則でまとまっているわけではなく、3つの考え方のせめぎ合いを通じて、最終的な政策が決定されると思われる。
例えば、南シナ海や東シナ海での領土問題で、中国があからさまな軍事行動をとった場合に、「伝統派」は、地域秩序を維持するという長年のアメリカの役割を遂行するため、積極的な行動を求めるだろうが、「宗教戦士」や「アメリカ・ファースト派」は、アメリカにとっての直接脅威ではないと判断し、対応を控えることを選ぶかもしれない。
大統領選挙中のハッキング疑惑で問題になっているロシアに対しては、「宗教戦士」は、イスラム国との戦いのために、協力・友好関係を構築することを推すであろうが、ロシアのウクライナへの軍事介入や、国内の民主化抑圧政策を批判する「伝統派」は、それには反対するだろう。一方、「アメリカ・ファースト派」は、アメリカ経済にとって(もしくは、トランプ氏やティラーソン氏の将来的なビジネスにとって)利益があると考えれば、ロシア融和策を積極的に進めるだろう。
さらに、「宗教戦士」組は、イランに対しての、徹底的強硬策を求めるだろうが、「アメリカ・ファースト派」も「伝統派」も、イスラム教全体を敵にしてしまいそうな過激な政策は望まないであろう。
従って、トランプ政権の具体的な外交行動は、これら三つのグループのその時その時の力関係に左右されるとともに、トランプ大統領の「国内世論対策としての外交政策」という計算にも大きく影響されると予想される。
そのうえ、ツイートで感情的な発言を繰り返し、正式な記者会見を拒否し、既存の外交プロトコールを無視(トランプタワーでの安倍首相との面会はその一例)するトランプ氏のこれまでの行動を考えると、今後のアメリカ外交は「想定外」の連続、となる可能性が高い。
ワシントンの外交専門家達が、こぞって「未知の領域に入ってしまった」と嘆くのも仕方がない。
とはいえ、トランプ外交が持つであろう、おおまかな特徴や方向性は、今回の閣僚人事とトランプ氏自身の素性から、なんとなく見えてくる。
まず、外交政策の最高責任職に、シビリアンとしての外交経験者が一人もおらず、実質、元軍人が占めていることによる影響について。
これは、政策オプションとして、軍事手段のウエイトが、相対的に、大きくなる可能性を意味する。言い換えると、アメリカの武力行使の可能性が、相対的に高まるだろう、ということだ。
もちろん、軍人は自分たちの部下を戦場には送りたくないから、軍事力の使用については、シビリアンより慎重だ、という意見も聞かれる。
しかし、軍人の行動様式の専門家達は、「軍人達は、軍事力以外の外交手段(外交交渉、経済制裁、国際世論形成など)についての知識や経験がないから、そういった〝知らない〟モノを上手に利用するのは難しい」「敵・味方という二分式で考える訓練を受けているので、外交問題も同様に扱い、武力を使用して早く結果を出すことに惹かれる」と指摘する。
これまでも、元軍人が政権重職につくことはあったが、今回のように、国防大臣と大統領安全保障補佐官の両方が元軍人となるのは史上初めて。そして、前述のように、両者とも、そのアグレッシブな言動で有名である(ちなみに、国土安全保障省と内務省の長官も、元軍人が指名されている)。
加えて、トランプ氏をはじめ、国務長官に指名されているティラーソン氏、バノン主席戦略官、そして、マイク・ペンス副大統領も入れた、主要閣僚メンバーの誰にも外交経験がないことを考えると、やはり外交手段の検討を十分にしないで、軍事オプションに向かってしまう傾向が強くなるのは否めない。
これがすぐさま、「アメリカがいろいろな場所で軍事介入を始める」、となるわけではないが、もし、トランプ政権が、何らかの国際問題について行動をすると決めた場合に、軍事的な手段を取る可能性は、これまでより高まるだろう。
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