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[2]20世紀はメディア革命の時代

人間の意識を創り出す産業が登場

石田英敬 東京大学教授

注)この立憲デモクラシー講座の原稿は、2016年6月3日に立教大学で行われたものをベースに、講演者が加筆修正したものです。

立憲デモクラシーの会ホームページ

http://constitutionaldemocracyjapan.tumblr.com/

拡大講演する石田英敬教授

 次にお勉強の第2弾なのですが、20世紀というのは、実はこの問題、つまり文字の問題が、実は文字の問題ではなくなります。それがメディア革命です。「メディア」と我々が言ったときは、テレビとか映画とかラジオだとかインターネットだとかを思い浮かべ、「文字というのはメディアかな?」と思うと思うのですが、その問題の起源はこのへんにあります。

 これはテレビの絵なのですですが、ちょっとレアな絵でして(笑)。マーシャル・マクルーハンという、20世紀のメディア論の展開で非常に大きな役割を果たしたカナダの理論家がいて、彼が教えていたトロント大学の、いまでは「マクルーハン研究所」というところがありまして、そこに行くと、この絵がかかっていて、マクルーハンがとても気に入っていた絵なんですね。友人の画家ルネ・スラ(René Cera)の絵画作品です。

http://www.greatpast.utoronto.ca/GalleryOfImages/VirtualMuseumArtifacts/PiedPipers.asp

アナログ革命とデジタル革命

 それでもう一つですね、「石田の年表」というのがありまして、僕は学生に「石田の授業に出るためにはこの年表を頭に入れること」という義務を課しています。それでこのメディア問題というものを理解するためには20世紀というものをよく知っている必要がある。

 20世紀の始まる「1900年」という切れ目が非常に大きな意味をもっていて、活字だけの世界というものが基本的に終わる、そういう日付である。メディアが活字だけではなく、映画とか、ラジオとか電話とかといったものになっていく。つぎに1950年で、真っ二つに「メディアの世紀」は分かれていまして、1950年に今のインターネットを準備するコンピューターのテクノロジーが生まれたということがあります。ですから、その前20世紀前半に起こったメディア革命を「アナログ革命」と言います。写真とか、映画とか、電話とかをアナログ・テクノロジーといいますから、アナログ・メディア革命がまず起こった。その後、1950年が切れ目だというのは、コンピューターを生み出したクロード・シャノン「シャノン・モデル」(1948)の提唱が現在のコンピューターの原理の発明にあたるからで、それ以後に起こったメディアの大変化は「デジタル革命」と整理されます。それは、メディアがすべてデジタル・メディア、すなわち、コンピューターになってゆく過程なのです。

    年表「メディアの20世紀」の概要
1900年〜1950年 「アナログ革命」
 写真・電話・映画・ラジオなどのアナログ・メディアの発達
 「文化産業」「大衆社会」「消費社会」の進行
1950年〜2000年 「デジタル革命」
 コンピューターがメディアをデジタル化
 「知識社会」「情報産業社会」へ

 20世紀のメディア革命がつくり出したのは大衆社会、マスメディアの社会というものであって、それがだんだん文化産業や消費社会というものを加速させていって、いまでは知識社会とか、情報産業社会とか言われる社会になった。こういうメディアをベースにした、文明の区切り方を勉強しましょうと、学生には言っています。これを頭に入れていただいた上で、お話をします。

機械が文字を書く

拡大講演する石田英敬教授
 人間の文明は文字の読み書きをベースにしているということは永らく常識と考えられてきたわけですが、人間文明を媒介する手段が「文字」(だけ)ではなく「メディア」になったということは、人間が書く「文字」(だけ)ではなく、「機械が書く文字」になったという意味です。それは、写真から始まりますが、映画にしても、ラジオにしても、電話にしても、これはみんな機械なんですね。それまでは、人間でなくては文字を書くことはできなかったし、人間でなくては絵を描くことはできなかった。ところが19世紀にそれらのメディアと呼ばれる技術が発明されていって、機械が文字を書くようになるというのがメディアの革命ということです。そのときに起こることがあります。それは、機械が人間の意識をつくり出すことが可能になったということです。人間が文字を書くあいだは、人間の意識を人間の意識がリサイクルしているという文明だったのですが、機械が思い出を撮る、写真みたいに。あるいは機械が話を伝える、電話みたいに。そうすると人間が関与する余地がだんだん小さくなっていきます。

機械が人間の意識を創り出す

 意識を機械によって生産することができるようになるというのがメディアの原理で、機械によって意識を生産することができるようになると、意識を産業化されるということです。意識を産業化することができるようになった、つまりプロダクションシステムさえ持っていれば、人間の意識をインダストリアルに創り出すことができるようになったというのがメディア革命です。

 そういうことによって成り立つ産業というものが生まれて、それを「文化産業」と呼びます。文化産業とは具体的にはハリウッドのような映画産業とか、テレビ局のようなテレビ産業とか、あるいはマス化した新聞とか、レコード会社だとか、そうしたものです。人間の意識を創り出す産業というものが生まれて、これが20世紀以後の資本主義のベクトルになっていくというのが、20世紀以後の文明なのです。そのときにもう一つの問題があって、それは機械が人間の意識を創り出すようになるのですが、その機械が人間の意識をとらえるプロセス、創り出すプロセスは人間ではとらえられなくなるということです。これは怖いことなんですね。

 先ほど言ったように、人間の文明には、まず文字の時代があり、次にアナログ・メディア、レコードとか写真とか、映画の時代があって、その時代は機械が文字を書く。シネマトグラフ=映画、フォトグラフ=写真、テレグラフ=電報、これらは「グラフ」という言葉がついているように、ある種の「文字」なんですね。文字なのですが、それは機械が書く文字だという意味です。テクノロジーが文字を書くようになって、そこからがメディアの時代になると。

 今度は次の、第2の革命であるデジタル革命が進んできて、それまでのアナログ時代のメディアを全部、デジタルな信号に書き換えるということをやりました。それですべてのメディアがコンピューターになるという革命が起こって、これがデジタル・メディアの革命です。いまではテレビもデジタル化したし、すべての電話やラジオや写真機や何かも、あらゆるメディアが事実上のコンピューター、仕組み上のコンピューターです。そういう時代になると、またできることもたくさん増えて、機械は文字を書くと同時に、人間の思考や判断の一部を代行することが可能になってくるというのがいまの段階です。

 先ほど言いましたように、これはすべて文字なんですね。タイポ・グラフィー(活字)、フォトグラフィー(光の文字)、フォノグラフ(音声の文字)、シネマトグラフ(運動の文字)というように、「グラフ」とみんな名づけたのは、これは機械が書く文字(グラフ)だよという意味なのです。

 それから、人間がそれらのテクノロジー文字による通信ネットワークの中に囲い込まれるということが起こる。このテクノロジーは、テレ・テクノロジー(遠隔テクノロジー)と言いますが、 ・・・ログインして読む
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筆者

石田英敬

石田英敬(いしだ・ひでたか) 東京大学教授

東京大学教授。同大学院情報学環・学環長、東京大学附属図書館副館長など歴任、2012年より同大学院総合文化研究科教授・同情報学環教授(兼担)、その間、パリ第7大学、パリ第8大学客員教授、パリ哲学コレージュ・プログラムディレクターなども務める。 専門は、記号学、メディア論。とくに19世紀以後のメディア・テクノロジーの発達と人間文明との関係を研究するメディア記号論の分野で日本を代表する研究者。情報技術を活用した人文学的研究としてテレビ記号論や情報記号論の研究展開を主導してきた。近年は人文知の閉塞状況を批判しメディア時代に応えうる新しい人文学として「新しい〈記号の学〉」を提唱している。 主な著書に『現代思想の教科書』(筑摩書房)、『大人のためのメディア論講義』(筑摩書房)、主な編著書に、『デジタル・スタディーズ』全3巻(東京大学出版会)、『ミシェル・フーコー思考集成』 全10巻(筑摩書房)、『フーコー・コレクション』全6巻(筑摩書房)など、他多数。時事的なメディア問題に関しても、新聞、総合誌、テレビなどで多数の発言を行っている。

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