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アパホテルにはもっと大きな話の本を置けばいい

「ポスト真実」の時代のオモシロ・トンデモ系として

三島憲一 大阪大学名誉教授(ドイツ哲学、現代ドイツ政治)

オモロイ話はごまんとあるが

 「イエス・キリストはアジア大陸を横断して日本にまで至り、青森県戸来村で亡くなった。墓もある」「義経は衣川館(ころもがわのたち)で自害したのでなく、ひそかに逃げて、蝦夷地から大陸にわたり、チンギス・ハンとなった。孫のフビライ・ハンは、仇を取るために日本への進攻を企てた」「ヒトラーは総統地下壕を脱出して、アマゾンの密林の秘密基地で再起を期している」「アポロ11号は月に着陸していない。そういう捏造写真が配信されただけだ」

 たいていの方は、こうしたオモシロ・トンデモ系の話を聞いたことがあるはずだ。それ以外にも、小栗上野介がひそかに隠したとされる江戸幕府御用金などオモロイ話はごまんとある。

 しかし、こういったオモシロ・トンデモ系の話も、現代史の最悪の一章と関わると、ふざけた話からこの稿をはじめたことすらうしろめたくなるほどだ。たとえば「南京虐殺はなかった」などというものだ。「慰安婦の強制連行に軍の関与を裏づける資料は見つかっていない。やったのは民間業者だ」(どっちでも慰安婦がいたという点では同じと思うが)などという部分否定論は、ネトウヨの政治談議でも唱えられている。

 最近では、南京虐殺を否定した『理論近現代史学』などとご大層なタイトルの本もアパホテルなどに置かれているらしい。張作霖爆殺事件もコミンテルン(共産主義政党の国際組織)の仕業だそうだ。ホテル側は抗議に対して「言論の自由」を振りかざして反論しているようだ――変えたいはずの憲法の原則を掲げるのも卑怯といえば卑怯だが。

無一文になったホロコースト否定論者

 ヨーロッパで典型的な例は、アウシュヴィッツは存在しなかった、ホロコーストなどは事実無根だ、というもので、こうしたホロコースト否定論は1990年代に広められた。

 代表的な存在は、ナチス・ドイツについてよく売れる本を書いていたイギリスの歴史家デヴィッド・アーヴィングだ。彼は早くからナチスに寛容な歴史を書いていたが、90年代にはいると、「アウシュヴィッツは存在しなかった」「ガス室には青酸の痕跡もない」「展示されている焼却炉は戦後にポーランドが作らせたものらしい」、なによりも「ユダヤ人虐殺を命じるヒトラーの命令書がないではないか」などありとあらゆる論法で、20世紀最大の犯罪を記憶から抹消しようとした。

 さらには、ガス室云々は戦争中に連合軍の諜報部がドイツの評判を落とすためにでっち上げた理論で、戦後はユダヤ人がそれを利用して商売をしている、とまで述べている。よほどドイツ贔屓(びいき)らしく、「アウシュヴィッツでガス室虐殺はなかった。ただし、病気で亡くなった人はいたかもしれない。でもその数は、連合軍のドレスデン爆撃で使われた爆弾1発の死者より少ないぐらいだ」と、なんとも独特の理屈をこねたこともある。

 もちろん、彼は激しく批判された。アウシュヴィッツの生き残りやその子孫、そして歴史家たちも黙ってはいなかった。批判に対してアーヴィングはロンドンの裁判所に名誉毀損の訴えを起こすが、2001年に高等法院で却下された。判決には「アーヴィングは反ユダヤ主義者で人種差別主義者である」と明確に記されていた。

 イギリスの法律では、こうした場合、裁判費用はアーヴィング側が払うことになっていて、費用は3億円以上になり、2002年に破産宣言に追い込まれた。それ以前は本の売り上げで遊びまわり、女性関係も華やかで、ロールスロイスなど乗り回していたのが無一文になってしまった。つい最近、この裁判を扱ったレイチェル・ワイズ主演の映画『否認(denial)』がイギリスで封切られた。日本での公開が待ち望まれる。

「死者に対する侮辱」

 とはいえ、裁判に負けたぐらいでは「信念」は変わらないものと見えて

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