中東和平の実現に貢献するために
2017年02月28日
日本のメディアはあまり関心を示さなかったようだが、ユダヤ教、それも少数派である正統派のラビ(ユダヤ教指導者・学者)が、大統領就任式でこのような大役を務めたのは米国史上初めてのことだった。
ハイヤー師が1977年にロサンゼルスに設立したサイモン・ウィーゼンタール・センターは、会員40万人を抱える世界最大級の人権擁護教育団体だ。ハイヤー師本人は、大統領就任式に選ばれた理由は分からないと発言しているが、トランプ氏の娘のイバンカさんの夫クッシュナー氏の家族と長く交際してきたため、というのが大方の見方のようだ。クッシュナー氏は正統派ユダヤ教徒で、イバンカさんもユダヤ教に改宗している。
ハイヤー師は、就任式での祈りをプリントし記念に署名してくれた。
ハイヤー師は祈りの中で旧約聖書の詩編から引用しつつ、「一国の富は金銭的豊かさではなく、その国が持つ価値観によって評価される」と説いた。
しかし特筆すべきは、バビロン捕囚時のユダヤ人がエルサレムに寄せた望郷の思いを引用することで、ユダヤ人と聖地の歴史的繋がりを強調したことだ。それは、2016年10月、その繫がりを否定するかのようなユネスコ決議が採択されたことや、12月のイスラエルの入植活動停止を求める国連安保理決議にオバマ政権が拒否権を行使しなかったことへの批判でもあった(決議案は、ユダヤ人にとって最も聖なる「嘆きの壁」を含む地域をイスラエルが違法に占拠しているとしていた)。
この決議に関しては、イスラエル政府はもちろん、米議会超党派、歴代の米・イスラエル首脳にアドバイスしてきた著名な法律家アラン・ダーシュイッツや米国内のほとんどのユダヤ人団体指導層が、その採択を許したオバマ政権を激しく非難した (支持したのはオバマ政権に近かったJ Streetのみ)。
彼らは、「最終的解決は当事者の直接交渉によって達成されるべきで、国連がこのような決議を採択する限り、パレスチナ側は交渉の場には出てこない」とし、「和平が実現しない根本的な原因は入植活動ではなく、パレスチナがユダヤ人国家イスラエルの存続を認めず、テロ攻撃を止めないことである。入植地の問題と自爆テロなどの暴力行為に同等の格(moral equivalency)は与えるべきでない」と訴えた。
第3次中東戦争(六日戦争)後の1967年11月に中東和平への大枠を定めた国連安保理決議242との整合性を欠く問題も指摘された。その決議では、イスラエルが全ての占領地から撤退することは求められていなかったからだ。
このような展開があった後、全世界の人々が見守る大統領就任式の中でハイヤー師がユダヤ人と聖地の繋がりに触れたことは、大きな意味をもっていた。クーパー師によると、既にシャバット(金曜日日没からの安息)に入っていたイスラエルの人々が、祈りの内容を知ったのは24時間近く後のことだったそうだが、多くの市民が深く感動したという。イスラエルの主要新聞も大きく伝えた。
その後2月15日、トランプ大統領とイスラエルのネタニヤフ首相の初めての首脳会談が開かれた。トランプ大統領は、イスラエルとパレスチナの和平は当事者間の直接交渉で進められるべきで、双方が譲歩しなければならないとしたうえで、米歴代政権が支持してきた「2国家共存」にはこだわらず、双方が好む解決であればよいとした。選挙中に公約していた「米大使館のエルサレム移転」には慎重な姿勢を示し、入植活動に関してもネタニヤフ首相に抑制を求めた(しかし翌日、ヘイリー国連大使は「2国家共存」を米国は完全に支持すると発言している)。
一方ネタニヤフ首相は、和平の前提として、第一に「パレスチナがユダヤ人国家を認め、イスラエルを壊滅するという目的を捨てること」、第二に「ヨルダン川西岸全域の治安をイスラエルが維持すること」を求めた。
また記者会見中に、ネタニヤフ首相がクッシュナー氏に声をかけたのも印象的だった。彼が、トランプ政権による中東和平斡旋に取り組むのは間違いなさそうだが、歴代米政権がそれを成し得なかったことを思えば、若いクッシュナー氏に託してみるのもよいのかもしれない。
このようにアメリカの中東和平政策が大きく変わりつつあるのを機に、日本人もイスラエルを理解する努力をもっとすべきではないか。それはイスラエル寄りと言われるトランプ政権におもねる、という意味ではない。近年日本とイスラエル間の経済活動が活発になり、今後2国間の人的交流が益々増えるであろうことを踏まえ、中東で唯一の民主国家であるイスラエルへの正しい理解を深め、共有する価値観を確認し合うためだ。国際社会でイスラエルがどう扱われてきたかを知ることも、日本がこの先、和平の実現に貢献する機会に恵まれた時に必要ではないか。
米下院外交委員会は2月2日、「イスラエル・パレスチナ・国連:新政権にとっての挑戦」と題する公聴会を開いた。
証人として呼ばれたNGO「UN WATCH」事務局長は、国連がイスラエルを不当に扱う一方で常にパレスチナを擁護してきた歴史を詳細に説明した。
今期の国連総会で、イスラエルを非難する20もの決議が採択されたが、その他の国を非難する決議は、対シリア3、対イラン・対北朝鮮・対クリミアそれぞれ1の合計6件のみであった。
米国は、パレスチナ難民に教育、保健、福祉を提供する国連パレスチナ難民救済事業機関(UNRWA)の最大支援国として、2015年度は380億円を拠出している。しかし、国連の人道的精神と中立性に従って行動することが求められているにも拘わらず、UNRWAの教師や職員(3万人近い職員の殆どはパレスチナ人)は、ユダヤ人に対するテロ行為を扇動し美化するメッセージをSNSなどで拡散している。
ユネスコは教育、科学、文化の発展と推進を目的として設立された国連の専門機関だが、12のイスラエル非難決議が採択される一方で、他のどの国にも非難決議がなされない年もあった(2016年10月には、エルサレム旧市街地にありユダヤ人が「神殿の丘」と呼ぶ地域をアラブ名だけで呼び、ユダヤ人とその地の歴史的繋がりを否定する決議を採択した)。
国連人権理事会は加盟国の人権の状況を定期的・系統的に見直す常設理事会で、47か国の理事国からなる。イラク・中国・サウジアラビアも理事国に名を連ねる組織だが、この10年間に採択したイスラエル非難決議は68で、他の国を対象とした決議全ての合計67を上回った。イスラエルに関する決議の全ては一方的糾弾で、パレスチナによる人権侵害、ハマスやヒズボラのテロリストや彼らを国家として支援しているイランを咎めることはなかった。
これらの報告から浮かび上がるのは、人権擁護国家とはほど遠い国々が、国連の場で数を頼みに、中東唯一の民主国家イスラエルを糾弾し続ける姿だ。この公然の行為があったからこそ、アメリカは国連安保理での反イスラエル決議に拒否権を行使してきたのだ。トランプ大統領も、ネタニヤフ首相との共同記者会見で、国連のイスラエルに対する「不当な」扱いに言及している。
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