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「ガラパゴス」化した憲法論議から脱却するには

「統治システム改革」として、より制度論に引きつけた議論を

井上武史 九州大学大学院法学研究院准教授

拡大参考人から意見聴取が行われた衆院憲法審査会。たくさんの傍聴人らが詰めかけた=4月20日

 日本国憲法は今年、施行70年を迎える。その後の歩みで一度も改正が行われなかったことには、いろいろな評価があるだろう。しかし、立憲主義の思想に立つ憲法が長きにわたり命脈を保ち、民主主義や人権という普遍的価値が現在まで日本社会の基本原理であり続けていることは、われわれの誇りとしてよいと思う。

 それに引きかえ、憲法をとりまく「論議」の方は、残念ながらあまり誇れるものではない。日本の憲法論議はおよそ普遍的であるとはいいがたく、特殊日本的な特徴が見られる。「特殊日本的な」というのは日本でしか通用しない、つまり「ガラパゴス的な」という意味である。

「改憲か、護憲か」というコード

 憲法論議についてはこれまで、イデオロギーの違いを背景として、護憲派と改憲派が対立する構図で議論が行われてきた。そこでは、一切の改正を許さない立場と、現憲法を否定して全面改正を主張する立場が折り合いのつかないまま、そもそも憲法改正を是とするか非とするかといういわばデジタルな思考が長らく支配してきたのだった。

 こうした言説空間において、憲法に改良を施すことで日本の立憲主義を漸進的に発展させようとする穏健な立場は、居場所を与えられなかった。建設的な提案であっても、直ちに「改憲に賛成か、反対か」のコードに回収される。また、そうした磁場にあっては、憲法について何かを論じようとする者は、受け手によって自らのメッセージが護憲か改憲かに分類され単純化されるおそれを常に意識する必要があった。

 「憲法改正そのものに賛成か、反対か」などという議論は、外国ではおよそ見られない。憲法はその国の統治システムを定めたものであり、それが正常に機能しているかは絶えず検証する必要がある。これまでの経緯から「憲法改正」という言葉が建設的な論議を妨げているのだとすれば、今後は「統治システム改革」として、より制度論に引きつけて議論するのが望ましいように思う。

「立憲主義」は本当に定着したのか

 憲法を支える思想である「立憲主義」が正しく理解されているのかどうかも疑わしい。

 2015年の安保法論議において、野党などの反対派は、集団的自衛権の行使を認める安保法や法案成立を強引に推し進める政府与党の行動を「立憲主義に違反する」というスローガンのもとで非難した。

 しかし、政権批判の文脈で「立憲主義」をこのように用いることは、まったくもって憲法学で了解されたものではない。もちろん、国際的にもまったく通用しない。立憲主義の対象はその国の憲法や政治システムなのであって、首相や国会議員などの「権力者」ではないのである。政府の行為が憲法のルールに違反するのであれば、単に「憲法違反」と言えば十分である。それ以上に「立憲主義違反」なる言葉をもち出すのは不必要であるばかりか、理論的にも正しくない。立憲主義に基づく憲法を70年近く運用してきたはずの日本で、立憲主義の内容がいまなお正しく定着していないとは、何とも皮肉なことであろう。

 「立憲主義」のもとで本当に考えるべき問題は、「権力者が立憲主義を守っているかどうか」ではなく、「日本国憲法が立憲主義を守らせる憲法なのかどうか」である。憲法に質量ともに十分なルールが備わっているかどうかは、権力制限を旨とする立憲主義の実現にとって重要な意味をもつはずである。

条文数が著しく少ない日本国憲法

 この点、日本国憲法には国際的に見て条文数が著しく少ないという特徴がある。いわば、日本国憲法は「小さい憲法」なのだ。各国憲法を比較したデータベースによると、日本国憲法の語数は、190の国や地域の中で少ない方から5番目である。ドイツの5分の1以下、フランス、イタリアなどのヨーロッパ諸国と比べても半分程度の分量しかない。つまり、欧州諸国では、 ・・・ログインして読む
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筆者

井上武史

井上武史(いのうえ・たけし) 九州大学大学院法学研究院准教授

1977年生まれ。京都大学大学院法学研究科修了。博士(法学)。専門は憲法学。京都大助教、岡山大准教授を経て2014年から現職。2010年から2012年までフランスのパリ第1大学客員研究員。主な著書に「結社の自由の法理」(信山社)、「憲法裁判所の比較研究」(共著、信山社)、「La sphère privée」(共著、Société de législation comparée)などが、近刊に「一歩先への憲法入門」(共著、有斐閣)がある。