内戦収拾への行方を不透明にしたトランプ政権
2017年05月10日
それがアメリカのシリア空爆の一報を受けた際の感想であった。確かに、アメリカ国内の各種世論調査を見ると、同国市民の過半数がトランプ大統領の判断を支持しているとのことであるが、それはあくまで事態を「対岸の火事」と捉えているためであろう。
しかし、この4月の空爆はシリアで暮らす人々(あるいは、シリアを離れざるを得なかった人々)にとって事態を好転させるものというよりも、トランプ大統領が自らの力や意思を見せつけようとする示威行為であり、事態を一層の泥沼へと導くものでしかない。
私は2013年8月にシリアのダマスカス近郊において、サリンが撒かれオバマ大統領が軍事介入について言及した際に、本サイトにて論考を発表したことがある(「シリアの査察受け入れは薔薇色のゴールではない」)。その当時、対話の明確な枠組みを作らないまま、その時々の外交交渉の結果に各国が一喜一憂する状況を見て、私は強い不安を覚えていた。
その後、シリア及びイラクに「イスラム国」が勢力を伸ばしたことで、「ロシアが支援するアサド政権」と「アメリカ及び欧州諸国の支援を受ける反政府勢力」という三者が対立を深める構図が固まってしまった。
そして、2015年以降ロシアの軍事的プレゼンスが高まり、シリアをめぐる情勢は外部からまともに手を出せない状況が生まれた。そこに誰も先を読めないトランプ大統領の行動が加わったために、多くの関係者や論者が途方に暮れているのが、現状といえる。
しかし、絶望してばかりはいられない。実際、シリアにおいては、複数の世界遺産を抱えたアレッポの市街地がまさに破壊し尽くされ、国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)によれば周辺諸国や欧米に500万人以上の難民が流出してしまった。これ以上の事態の悪化を避けるために、国際社会がどうシリアに向き合うのかを示さなければならない。そこで、本稿では現状を明らかにした上で、筆者なりの目指すべき到達点を提示する。
アメリカのシリア空軍基地に対する爆撃の契機となったのは、反政府勢力の支配地域であるシリア北部イドリブ県において、サリンが使用されたことである。トランプ大統領はそれを「超えてはならない一線」と捉え、空爆を決断したとされている。前述のように、オバマ政権時代にシリアでサリンが撒かれた際にもアメリカは軍事介入の瀬戸際まで行ったが、国内外の批判もあり、それが実行されることは無かった。
今回のトランプ政権の姿勢は、サリン散布という国外の同じ行動に対してどうアメリカが対処するかの“リトマス試験紙”であった。就任以来、前政権との差別化を図ることに心血を注いでいるトランプ大統領は「即断即決」という自身のイメージに沿うこともあって、前がかりともとれる姿勢を見せたのである。
しかし、シリアの現状やその評価を明確に下さないまま、「シリア政府によるサリン使用」そして「トランプ大統領による空爆指示」との事実だけを単純に結び付けて評価することは、一見物事を理解し易くするよう映るが、的確でない評価が蔓延することともなる。
シリアに対しては「迷宮」や「迷路」と表現される状況があるからこそ、これまで国際社会は答えを出すことを先送りしてきた。そこで、まずは「何がシリアで起きており、その背景に何があるのか」を掴(つか)む必要があろう。
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