ロシア中心の史観で国民の愛国心を鼓舞する背景
2017年05月22日
予測不能性がますます強まるトランプ米大統領の内外政策や北朝鮮の核・ミサイル開発問題の影に隠れる形でほとんど注目されないが、2018年3月に予定される次回大統領選挙まで1年を切ったロシアの内政に、興味深い動きが出ている。00年に始まるプーチン大統領の最高指導者としての在任が、「停滞の時代」といわれたブレジネフ元ソ連共産党書記長の統治の18年に迫るなか、国内で閉塞感が深まっていることだ。
少し話は古くなるけれども、5月9日にロシア各地であった第2次世界大戦でのソ連の対独戦勝72年を祝う催しは、さまざまな意味でそうした国内の空気を映し出しているようで興味深かった。
まず首都モスクワの「赤の広場」であった恒例の軍事パレードで、呼び物の軍用機による上空飛行が、低空まで雲が垂れ込めた曇天のために取りやめとなった。
ロシアのコメルサント紙によると、5月1日のメーデー、9日の戦勝記念日、ロシアの国家主権宣言を祝う6月12日の「ロシアの日」という三つの祝日をモスクワが好天で迎えるため、モスクワ市は化学物質の空中散布などの作業に約3億ルーブル(約6億円)の予算を組んだ。もともと本格的な春の訪れの季節であるうえ、こうした人為的な工作もあり、例年5月9日のモスクワには青空が広がることが多いのだが、今年はせっかくの好天対策費も実を結ばなかった。
一方、「第2の首都」サンクトペテルブルクでは、冬宮広場での軍事パレードにスホイ35戦闘機など40機が参加して、初めて上空飛行が披露された。しかし、フィンランド湾で予定されたバルト艦隊の艦艇による海上パレードは中止された。地元のフォンタンカ紙によると、ペテルブルクに到達可能な巡航ミサイル「トマホーク」を積む米海軍のミサイル駆逐艦がポーランドのグダニスク港に入り、警戒のためにバルト艦隊が急きょ出動したからだという。
これは現在のロシアと世界との関係の象徴といえるだろう。
2005年の戦勝60年の時には、第2次大戦後のソ連による東欧支配の評価などをめぐる米欧との対立があったものの、「赤の広場」の式典には米仏などの旧連合国に加え、日独の敗戦国首脳も参加した。これは、当時のロシアの発表で2660万人という犠牲者を出してナチス・ドイツの打倒に大きな貢献をしたソ連の後継国家であるロシアの国民に改めて敬意を示すためだった。
だが、2014年にロシアがクリミア半島を併合してウクライナ危機が起きると、翌15年の戦勝70年の式典は、ロシアとの関係悪化を受けて米欧の主要国や日本の首脳は欠席した。その後、北大西洋条約機構(NATO)がポーランドやバルト3国への多国籍部隊配備を進めるなど、軍事的な緊張が米欧とロシアの間で続いている。艦隊パレードの中止は、こうした緊張の端的な表れなのだ。
そんな情勢下、ロシア政府はモスクワの「赤の広場」の式典について外国首脳の出席を強いて求めない方針を採るようになった。実際、昨年(2016年)はカザフスタンのナザルバエフ、今年はモルドバのドドンと、旧ソ連構成国から大統領が一人ずつの出席だった。
外国首脳の不在とともに戦勝記念日の式典全体のトーンも大きく変わった。ナチス・ドイツの打倒があたかもソ連一国だけの力で成し遂げられたかのような、ロシア中心の史観が前面に出てきたことだ。
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