谷田邦一(たにだ・くにいち) ジャーナリスト、シンクタンク研究員
1959年生まれ。90年、朝日新聞社入社。社会部、那覇支局、論説委員、編集委員、長崎総局長などを経て、2021年5月に退社。現在は未来工学研究所(東京)のシニア研究員(非常勤)。主要国の防衛政策から基地問題、軍用技術まで幅広く外交・防衛問題全般に関心がある。防衛大学校と防衛研究所で習得した専門知識を生かし、安全保障問題の新しいアプローチ方法を模索中。
※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです
自衛隊は政治家の「道具」にあらず
日本の安全を守る実力集団である自衛隊は、時として政治家のための便利な「道具」になることがある。総勢23万人という組織の大きさと、合憲か否かをめぐる不遇な生い立ちのゆえである。
安倍政権においては、首相自らが「憲法9条に自衛隊を明記する」と戦後初の憲法改正発議のための口実として引っぱり出し、稲田朋美防衛相が東京都議選であたかも自衛隊が自民党の支持団体であるかのように有権者に呼びかけた。
当の自衛隊員たちは入隊時の宣誓以来、徹底して政治的中立をたたき込まれ、折りにつけ政治への接近を戒められているというのに、これほどの皮肉はない。ただ今回は隊員たちの「免疫力」がまさり、軽率で稚拙な稲田防衛相の失言については「またか」「いい加減にしてくれ」といった冷笑に近い受け止め方が大勢だ。稲田氏に仕えた将官OBたちも口々に「日ごろ政治的行為を慎めと言っている側が率先して禁を破ってどうするのか」などと容赦ない。
稲田氏は衆院で当選4回、自民党の要職を歴任した弁護士出身のベテラン議員である。選挙の応援演説で「(○○候補の)2期目の当選は大変だから……防衛省、自衛隊、防衛大臣、自民党としてもお願いしたい」と発言すれば、どういう波紋を引き起こすか理解できないわけはない。
5月下旬には、制服組トップの河野克俊統合幕僚長が「自衛隊の根拠規定が憲法に明記されるのであれば非常にありがたい」と記者会見で述べ、自衛隊トップの政治的中立性を疑われて論議になったばかりでもある。
隊員の政治的中立性をめぐっては、いくつもの法令が規定を設けて厳重に戒めている。たとえば隊員の政治行為については、選挙権行使を除いて禁じる自衛隊法61条があり、公務員の地位を利用した選挙運動を禁じる公職選挙法136条の2がある。そもそも憲法15条は公務員の中立性について「国民全体の奉仕者であって、一部の奉仕者ではない」と規定している。
なぜここまで自衛隊の政治的中立性が強調されているのか。言わずもがなだが、軍部の政治介入によって戦争を招き国が破綻した戦前戦中の軍国主義への反省に根ざしたものだからだ。それが問題の政治家にわかっていないとすれば事情が変わってきてしまう。
稲田氏は今年3月、天皇を頂点とする秩序を前提にした教育勅語について「その精神は今も取り戻すべき」と国会で答弁したことがある。
小林正弥 稲田防衛相の「虚偽答弁」と日報隠蔽問題の根源――だからこそ教育勅語は教材に用いられない(WEBRONZA)
ひょっとすると、軍事力の統制について特異な考え方をもっているがゆえにこうした発言が飛び出したのだろうか。そうであるならば、野党が安倍首相に罷免を要求するのはもっともなことだ。ふつうの失言とは意味合いが違う。そう勘ぐられないためには、たとえうかつに口から滑り出た失言だったとしても、発言の撤回、謝罪だけでなく一定のけじめをつける必要があるだろう。
とはいっても、こと選挙と自衛隊との関わりとなれば、きれいごとが通じないのもこの世界の実相である。
論座ではこんな記事も人気です。もう読みましたか?