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大統領が埋葬されたモスク(後)への参拝を終えて帰る市民たち拡大イスラム・カリモフ大統領が埋葬されたモスクへの参拝を終えて帰る市民たち(サマルカンドで)=撮影・筆者

 サマルカンドの北東に大規模なバザール(市場)がある。そこから見上げる丘の上は市民墓地だ。その一角、市場を見下ろす崖の上に木造のテラスを持つモスクが建つ。この5日前(2016年9月2日)に急死したイスラム・カリモフ大統領がここに埋葬されている。追悼に訪れる市民がモスクに通じる坂道をぞろぞろと上っている。

 モスクの庭に盛られた土の上に1メートル四方もある大統領の遺影が置かれ、周囲を白いバラの花が取り囲む。周辺を兵士が警備している。正面にはイスラム教の僧3人が座り、祈りの準備中だ。遺影の脇にイスが30脚ほど置かれ、参列する市民が次々に腰かけた。

 私が座ったとたんに祈りが始まった。導師が甲高い声で祈りの言葉を唱える。横を見ると市民はうつむいた姿勢で両手を肩の高さまで上げている。イスラム教の祈りの姿勢だ。5分ほどの祈りが終わると両手で顔をなでた。葬儀は4日前に行われたが、その後も追悼する人々のためにこうして祈りの機会がもたれている。

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 1991年にソ連が崩壊してウズベキスタン共和国が独立したが、カリモフ大統領はその前の社会主義共和国時代から大統領だった。政敵を容赦なく粛清したため野党の指導者たちは亡命を強いられたり行方不明になったりしたと言われる。

 欧米のメディアは彼を「最も残酷な独裁者」と呼んだ。強権体制を維持するため治安当局が市民に目を光らせていると言われた。

 だが、現地に行くと別の面が見られた。日本で得た資料では「樹の数より警官が多い」と書いてあったが、警官の姿など探さないと見つからない。どうも聞いていた話と違う。

 地元紙ザラフシャン・ガゼッタのベテラン記者ナビエフ・ナキブさんにこの国の実情を聴いた。

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筆者

伊藤千尋

伊藤千尋(いとう・ちひろ) 国際ジャーナリスト

1949年、山口県生まれ、東大法学部卒。学生時代にキューバでサトウキビ刈り国際ボランティア、東大「ジプシー」調査探検隊長として東欧を現地調査。74年、朝日新聞に入社し長崎支局、東京本社外報部など経てサンパウロ支局長(中南米特派員)、バルセロナ支局長(欧州特派員)、ロサンゼルス支局長(米州特派員)を歴任、be編集部を最後に2014年9月、退職しフリー・ジャーナリストに。NGO「コスタリカ平和の会」共同代表。主著に『凛凛チャップリン』『凛としたアジア』『凛とした小国』『9条を活かす日本―15%が社会を変える』(以上、新日本出版社)、『世界を変えた勇気―自由と抵抗51の物語』(あおぞら書房)、『13歳からのジャーナリスト』(かもがわ出版)、『地球を活かす―市民が創る自然エネルギー』(シネフロント社)、『反米大陸』(集英社新書)、『燃える中南米』(岩波新書)など。

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